五輪(オリンピック)は人間の計り知れない能力を引き出す見本市のようだ。我々の肉体と精神の限界は、まだずっと先にあるのだろう。

7月31日(日本時間8月1日)、パリ五輪男子競泳で同日2冠を達成したレオン・マルシャン(フランス)の超人的な泳ぎを見ながらそんなことを考えた。

泳法がまったく異なるバタフライと平泳ぎの200メートルで金メダリストになった。過去にこの2種目を制した選手は男女を通じていない。しかも、2つの決勝レースの間隔はわずか1時間50分。人間はこんな離れ業ができるのだ。何だか誇らしい気持ちになった。

本職は個人メドレーで、昨年の世界選手権では、同400メートルで「水の怪物」マイケル・フェルプス(米国)が高速水着の時代に打ち立てた世界記録を1秒34も更新。今大会もすでに400メートルを制し、200メートルで4冠を狙う。「理解しがたい」。同じ平泳ぎの決勝レースで6位入賞した渡辺一平のコメントにうなずいた。

まだ22歳。きっとあのカール・ルイス(米国)やウサイン・ボルト(ジャマイカ)、そしてフェルプスのように、これから五輪の新たな歴史にマルシャン時代を築いていくのだろう。

地元期待の星の快挙に、1万人超の大観衆で埋まったスタンドは総立ちで、「レオン!」の歓声がうねり、無数の三色旗が舞った。表彰式では肌の色の異なるフランス国民たちが、笑いながら肩を組み、誇らしげに国歌「ラマルセイエーズ」を大合唱した。

同じ光景を私は26年前のパリで見た。98年7月、サッカーW杯で地元フランスが初優勝した夜だった。三色旗を手にした150万もの国民がシャンゼリゼ通りに繰り出し、肩を組んで歌い、喜びを分かち合った。道路は警笛を鳴らしながら低速で走る車で埋め尽くされた。

スポーツには国民を一つにする力があるのだと思った。

確かに愛国心には排外主義や人種差別と背中合わせの危うさがある。でも国を背負って困難な挑戦に立ち向かうアスリートの輝きは、心理的なカタルシス(浄化作用)をもたらし、団結や連帯を強める健全な愛国心を育むように思う。

今、多民族国家フランスは反移民の極右政党が台頭し、差別被害が増加傾向にあると聞く。そんな分断の時代にマルシャンという強い光が、国民のとがった心を共感と感動で満たした。それは相互理解への希望の光でもあるのだと思った。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「五輪百景」)

男子400メートル個人メドレー予選 スタートする力泳する瀬戸大也(中央)。右から2人目はフランスのレオン・マルシャン(共同)
男子400メートル個人メドレー予選 スタートする力泳する瀬戸大也(中央)。右から2人目はフランスのレオン・マルシャン(共同)