フィギュアスケートはオフシーズンとなったが、選手は休養、来季の振り付け、技術の習得や磨き上げに忙しい。シーズン中は大会のたびに顔を合わせていても、オフは取材機会が限られてくる。こんな時だからこそ、日々の現場で感じたことについて書いてみたい。

私事だが、学生時代の友人などと久しぶりに再会すると、よくこんな話になる。

「最近、何を取材してるん?」

「フィギュアが多いかな」

「フィギュアってさ、スポーツって言えるん?」

スポーツであり、芸術でもあるフィギュアスケート。私自身も本格的に担当となった2017年まで正直、親しみはなかった。その上で、今ならこう答える。

「実際に見たらよく分かるけれど、スポーツやな」

ここでの「スポーツ」は、辞書を引いて出てくる意味に照らし合わせるのではなく、感覚的なものだ。シニアの男女シングルにおけるショートプログラム(SP)は2分40秒、フリーは4分。「映像では分かりにくいけれど、こんなにしんどいんだ…」。この点がフィギュア担当となり、現場で実感したことの1つだ。

演技を終えた取材エリアでは、コメントする選手の息づかいの荒さが新鮮だった。特に地方競技会ではダウンジャケットが必要なぐらい会場は冷える。それでも割と薄手の衣装を着た選手たちが、額に流れる汗をぬぐいながら心境を語る。

なぜ、それが新鮮に感じたのか。自分で理由を考えると「滑り続けるしんどさを体感したことがない」に行き着いた。例えば400メートルを全力で走るしんどさ、100メートルを全力で泳ぐしんどさ、登山のしんどさ…は想像しやすい。だが、ほとんどスケートをしたことがない人間には、2分40秒や、4分間、演技をし続けることの過酷さがイメージできなかった。

「しんどさへの興味」を頭の片隅に取材をすると、想像が具体化されていく。

例えば、今季の全日本ジュニア女王に輝いた横井ゆは菜(19=中京大)が以前、口にした言葉が印象に残っている。ボクシングのWBO世界フライ級王者田中恒成(23=畑中)のいとこである横井に、アスリート目線で見た「すごさ」を尋ねてみた時の返事だった。

「SP(2分40秒)でも大変なのに、それよりも長い(1ラウンド)3分を(判定までいくと)12回も続けるじゃないですか。それで命がけだし、『本当にすごいな』って思います」

ボクシングへの敬意はもちろんだが、スケーターにとっての2分40秒の「重たさ」を知る。仮に2分40秒が軽ければ、このコメントは生まれなかったはずだ。

今季、初の全日本女王となった坂本花織(19=シスメックス)と雑談している時にも、興味深い話を聞いた。平昌オリンピック(五輪)シーズンのフリー「アメリ」には隠れたポイントがあったという。

「去年のアメリは、途中で息を整えていました。走っていて、しんどい時に膝に手をつくと思うんですけれど、ちょうど同じような姿勢になるんで…」

「アメリ」は4分間のフリー。坂本が演じる不思議な少女の物語の中盤、滑りを止め、下を向き、左手で右手を横にはじくシーンから、場面が変化していく。

「(振付師の)ブノワ(・リショー)さんが上手にそういう振り付けを作ってくれていた。あれがなかったら(後半)無理だった」

物語の中にとけ込んだ少しの“充電時間”は、当時シニア1年目の坂本が4分間の演技を完遂するための、隠れたポイントだった。条件付きながら、演技後半のジャンプは基本的に基礎点の1・1倍。そのルールがある意味がよく分かる。

平昌五輪前には宇野昌磨(トヨタ自動車)を指導する出水慎一トレーナーが見る「しんどさ」を、聞かせてもらう機会があった。サッカーやゴルフなど他競技の選手に携わった経験もあるトレーナーの答えは、分かりやすかった。

「階段ダッシュをする感じですかね。4回転ジャンプだと、そこにうさぎ跳びを挟む感覚。心肺機能や持久力も必要ですし、タイミングがずれたらジャンプを跳べないし、振り付けもずれる。表情とか、すごく繊細なところも気にしますよね。メンタル面も含めて、多くの要素が重なって1つの作品ができる。時間もピッタリと決まっているし、やり直しが効かない『究極』なところがあると思う」

「階段ダッシュにうさぎ跳びを交え、表情豊かに全身で表現する」と想像すれば、人の心をつかむ演技に行き着く難しさが分かる。

先日、来季の振り付けを終えたばかりの細田采花(あやか、24=関大)は、違った例え方もしてくれた。

「フィギュアのしんどさは(数種類の運動を順番にこなす)サーキットトレーニング。あれをやり続ける感じに似ています。毎年振り付けをした直後は、途中で『えっ、まだ(演技時間の)半分なん?』ってなるぐらいしんどい。それがずっと滑っていると、だんだん慣れてくるんですよ」

右肩上がりで成長を続ける坂本は以前、モチベーションの1つをこう言った。

「同じシーズンでも最初と最後では、出来が全然違う。目に見えて完成度が上がるのが、むっちゃうれしいんです。シーズンが終わった時に『どれだけ点数を上げられるか』とか『どれだけ成長が分かるか』を楽しみに、練習しています」

フィギュアスケートに携わって知った魅力の1つが、選手のシーズン中の成熟ぶり。理由は振り付けを何度も磨き上げる、技術面でも成長する、場慣れする…などたくさんあるだろうが「体力面で適応してくる」というのも一因だろう。

「フィギュアスケートってしんどいんだ」。それを念頭に置くだけでも、楽しみ方は広がる。秋の本格的なシーズンインが、今から待ち遠しい。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大とラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当し、平昌五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを中心に取材。プライベートでスケートをした際にはリンク周りの「壁が友達」状態で転倒連発。