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レスリング太田忍「天才」に敗れても示した強さ

男子60キロ級グレコローマン決勝、試合に敗れ悔しそうな表情を見せる太田。右は優勝した文田(2019年6月16日撮影)
男子60キロ級グレコローマン決勝、試合に敗れ悔しそうな表情を見せる太田。右は優勝した文田(2019年6月16日撮影)

アスリートの魅力として負けた時に何を語るか、がある。勝負の世界で勝者はひと握りで、多くの敗者が存在する。希求したものが打ち砕かれた瞬間、失望、悔恨、悲哀が襲う最中に、取材機会はやってくる。怒りをぶつけぶっきらぼうになったり、取材を拒否して己の感情に逃げ込んだりする者もいる。ただ、やはり負けを何とか受け止めようとして、時には心をえぐられるような質問に正面から答える姿には、感銘を覚える。それは「強さ」であると考えるから。

16日まで開催されたレスリングの全日本選抜選手権では、リオデジャネイロ・オリンピック(五輪)銀メダリスト、男子グレコローマンスタイル60キロ級の太田忍(25=ALSOK)が鮮烈だった。決勝で敗れ、東京五輪に希望した階級での出場が厳しくなった時に、強さはあった。

負けた相手は日体大に拠点を置く同門で、17年世界選手権覇者の文田健一郎。類いまれな柔軟性を生かしたセンス抜群の投げ技で台頭してきた後輩は、リオ五輪時には「なんて弱いんだ」と感じる帯同選手に過ぎなかった。それが、すぐに勝ったり負けたりを繰り返す好敵手に。「あいつは天才ですよ」と認める言葉に嫉妬もけん制もうそもない。だからこそ、「天才ではない」自分が勝つことに固執した。

頭には常に文田があった。3月の欧州での国際大会連戦を優勝、準優勝で帰国した羽田空港での第一声は「健一郎以上に強いやつはいなかった。健一郎を倒せれば世界で勝てる」。基準は文田だった。今月上旬、決勝で敗れた昨年末の全日本選手権から作戦の変更があるか聞くと、「ないっすね。がぶり返しと…。今までやってきたことで真っ向勝負する。それで通じないなら仕方ない」と返した。小細工なし。誰よりも認めるからこそだった。

16日の決勝はその言葉通りだった。勝負を分けたのはグラウンドの攻防。相手が腹ばいにマットに寝て、それを背後から攻めるパーテールポジション、先に上になった太田が文田に仕掛けたのは、がぶり返しだった。相手の頭の向きを逆にして首もとから両手を入れ、自分の後方にひっくり返す技。まさに「真っ向勝負」の一発はしかし、驚異の柔軟性でかわされる。常人ならそのままあおむけにマットに打ちつけられて失点する場面が、体を捻転させ腹ばいで着地された。失点なしでしのがれ、逆に自分が下になった場面では回されて勝負を決められた。

太田は文田が体をひねって防御できることを知りながら、それでもがぶり返しにこだわったのではないか。逃げずに得意技で攻める愚直さこそが己を支え、世界中で誰よりも実力を認める相手だからこそ、そうする価値はあった。本人の言葉を借りれば「通じないなら仕方ない」。純粋にそう思える好敵手に恵まれた。

文田は試合後に「忍先輩がいたからここまでこられた」と述べた。太田の性格からすると、そんな感謝の言葉は1ミリもうれしくないだろう。だからメダル以上で東京五輪代表に決まる世界選手権で「(文田に)負けろと思っている」と感情を隠さない。ただ、文田は負けない、そう確信しているに違いない。

今後は60キロ級ではなく、階級を上げて東京五輪への道を探る。リオ五輪で負けた悔しさを晴らす舞台まで思うようには進めなかったが、まだ先はある。この日の決勝の覚悟がにじんだ戦い、敗者として腐らずに10分以上質問に答え続けた姿には、確かな「強さ」があった。願わくば再び文田と交わる時は、東京五輪で2人が金メダリストとなる瞬間であってほしい。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

男子60キロ級グレコローマン決勝、太田(手前)を攻める文田(2019年6月16日撮影)
男子60キロ級グレコローマン決勝、太田(手前)を攻める文田(2019年6月16日撮影)

スポーツをこよなく愛する日刊スポーツの記者が、スポーツの醍醐味、勝負の厳しさ、時には心が和むようなエピソードなど、さまざまな話題を届けます。

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