そこには、「勝負魂」があった。柔道男子66キロ級五輪2大会銅メダルで、73キロ級の海老沼匡(31=パーク24)が、今月4日の全日本選抜体重別選手権(福岡国際センター)で初優勝を飾った。

66キロ級では同大会を4度制覇するなど数々の実績を誇る実力者は、試合後の優勝インタビューで素直な思いを口にした。

「階級を上げてから勝ちきれない試合が多く、この大会はしっかり優勝したいと思った。今は減量からも解放され、柔道の楽しさや奥深さを実感している。たくさんの人たちに、この柔道の楽しさを知ってもらいたい」

73キロ級に変更して3年8カ月が経過した。国内外の大会で準優勝7回と、自身でも「シルバーコレクター」と呼ぶほど、あと1歩の結果が続き葛藤した。世界選手権3連覇した66キロ級時代とは異なり、16年リオデジャネイロ五輪金メダルの大野将平(29=旭化成)や17年世界王者の橋本壮市(29=パーク24)らとしのぎを削った。しかし、大会3週間前から始める過酷な10キロの減量がなくなった分、柔道と向き合う時間が増え、改めて競技の魅力を再認識した。31歳のベテランとなったが、兄2人の影響で5歳で競技を始めた頃のように「柔道を楽しむ」という感覚を覚えた。

今大会は、「特別な試合」でもあった。大会11日前に92年バルセロナ五輪男子71キロ級金メダルの古賀稔彦さんが53歳の若さで亡くなった。古賀さんに憧れて、中学から柔道私塾「講道学舎」に入門したこともあり、動揺を隠せなかった。これまで偉大な先輩の背中を必死に追い続け、柔道の厳しさや面白さを学び、そして五輪という大きな夢も与えてもらった。その夢をかなえるために、がむしゃらに稽古に励み、周囲から一目置かれる“練習の鬼”となった。

得意技も古賀さんと同じ背負い投げ。「平成の三四郎」から受け継いだ、「勝負魂」という言葉を胸に刻み、今大会も臨んだ。20年講道館杯3位の大吉賢(22=了徳寺大職)との決勝では、最後にその背負い投げで技ありを奪い、合わせ技一本で優勝を決めた。畳を下りるとコーチ席に座っていた講道学舎の先輩で、学生時代に古賀さんの付け人を務めていたバルセロナ五輪男子78キロ級金メダルの吉田秀彦総監督(51)と涙ながらに熱く抱擁した。

昨年12月には、体重無差別で争う全日本選手権(東京・講道館)に出場予定だった。同じ中量級で決勝まで進んだ古賀さんらが挑戦した同じ舞台に立ち、講道学舎で育った柔道家としての意地を見せる覚悟を決めていた。「この年にしてもう1つの夢がかなう」と初の大舞台を待ち望んでいたが、大会当日に所属内での新型コロナウイルス陽性者が出たため欠場し、夢は実現しなかった。

3年前。「海老沼選手にとっての柔道とは?」と聞いたことがある。

「ただ、ただ好きなだけ。柔道は対人競技なので、どんなに強い相手でも負けることがある。その『完成系がないところ』が一番の魅力。柔道があるから、今の自分があるし、出会えたことに感謝している」

その答えは、柔道愛に満ちた柔道家らしく「好き」という、たった2文字だった。

31歳の柔道家は、「勝負魂」を持って福岡の地で意地を示した。「今は柔道が楽しい」。24年パリ五輪につながる6月の世界選手権(ブダペスト)代表は落選したが、記者席からその勇姿を見届けると、思わず胸が熱くなった。【峯岸佑樹】