「三浦春馬は美しかった」唯一無二の芝居にスタッフも泣いた/「天外者」田中光敏監督に聞く2

その輝きと軌跡は没後も色あせていません。三浦春馬さんは全身全霊を注いで撮影現場に立ち続けました。最後の主演映画のスタッフによる証言をもとに、その人間像に迫ります。

ストーリーズ

村上幸将

20年7月に30歳で亡くなった、三浦春馬さんと、最後の主演映画「天外者(てんがらもん)」が、第34回目日刊スポーツ映画大賞に新設された「ファンが選ぶ最高演技賞」「ファンが選ぶ最高作品賞」を受賞し、2冠に輝いた。両賞を三浦さんに代わって受け取った、田中光敏監督(63)は、時代劇映画初主演作となった「天外者」に、三浦さんがどれほど深く関わり、五代友厚という役を作っていったか…1つ、1つの記憶を、宝物を掘り出すように、丁寧に語り続けた。

三浦さんは役作りにおいて、田中監督と徹底したキャッチボールを続けた。その中、撮影現場で「今の、五代友厚だったら、俺はこう思うんだけど」などと、脚本やシーンの変更について提案したこともあったという。例えば、五代がまげを切るシーンでは脚本上、直前に薩摩藩の若手の侍と戦う立ち合いのシーンがあった。ただ、三浦さんは「立ち合いはしたくないというか、出来ない。最初から彼らと目で向き合って、その緊張感の中でまげを切る形に出来ないか?」と提案したという。セットの裏でリハーサルを行い「良い感じ。これならいける」とシーンを手直しして撮影した。

撮影前の準備、そして撮影現場での提案など「天外者」という作品への徹底した向き合いは、唯一無二とも言える芝居に現れた。特に象徴的だったのが、泣きのシーンだ。田中監督は「泣くシーンも幾つかあったけれど、あらゆる表現でやってのける。決して、涙だけ流せば良いじゃない…全てが違う。撮影現場で、彼の芝居を見て泣いたスタッフがいっぱいいた」と振り返った。

中でも出色だったのが、五代が実家に戻り、死に目に会えなかった母やす(筒井真理子)に語りかけたシーンだ。確執があった兄徳夫(内田朝陽)から「もう2度と戻ってくるな!」と突き放されても、こらえていた涙が、幼少期に自らが作った地球儀形のちょうちんが、亡き母の傍らにあるのを見た瞬間、あふれ出した。

田中監督は、そのシーンについて「あまりの彼の本気さに、引きの画に加えて、もう1つ、寄りの画を撮りたくなった。『撮らせてくれ。もう1回、この芝居、出来るか?』と言ったら「大丈夫です、やれます」と言って、もう1回撮った」と振り返った。撮影後、編集を担当した川島章正氏から「寄り、引きで、すさまじいくらいに寸分の狂いもなく、同じ泣いている芝居をやってのけたよ」と聞かされ、驚いたという。「普通だったら、タイミング、気持ちの持っていき方を含めて、同じように泣くシーンは出来ないですよ。芝居にかける緊張感、すさまじい集中力…ほぼ彼の芝居は1発OKでした」と振り返った。その上で「最初に会った時『春馬君、気持ちを思いっきり表面に出して』って話した時に『頑張ります』と、さわやかに口にした。でも…正直、ここまで感情をあらわに、お芝居する人だとは思わなかった」と、かみしめるように語った。

三浦春馬さんの主演映画「天外者」のポスター

三浦春馬さんの主演映画「天外者」のポスター

人柄にも、感じるものが多かったという。田中監督は「とにかく笑顔がすてき。あの、クシャッとした笑顔で話されちゃうと、何でも許しちゃう。人として信頼できる、良いヤツ。帰る時も役者だけでなく、エキストラにも、みんなに『お疲れさまでした』と言って帰る。すごく礼儀正しく、あれほど真っすぐで優しい男はいない」と振り返った。

三浦さんから「いつ、一緒に飯を食えるんですかね?」と再三、食事に誘われ、実景の撮影を残すだけになった19年11月に、三浦さんが行きつけの焼き肉店で実現したという。その際、三浦さんは、自身の出演シーンの撮影がオールアップを迎え、疲れていたであろうにもかかわらず、田中監督のために自ら肉を焼き続けた。「よく、そんなに真っすぐ育ったね。もう1回、年齢聞いていい?」って聞いたら「俺、もう30、超えますよ」と言って、笑ったという。田中監督は「真っすぐに育って良いね。時代劇に春馬君が登場してくれて…時代劇で活躍していくんじゃないの」と期待を込めて告げたという。

三浦さんは生前「天外者」が海外で上映されること、そして、将来的に、海外の映画にもっと多く出演し、海外の映画祭に参加したいと希望を語っていたという。14年に主演した日中合作映画「真夜中の五分前」(行定勲監督)では、上海在住の時計屋に勤める日本人青年役で、ほぼ全編にわたって中国語(北京語)で演じた。また15年の主演映画「進撃の巨人 エンドオブザワールド」(樋口真嗣監督)では香港で行われたワールドプレミアにも参加していた。三浦さんは「自分は中国の映画にも出た。海外の映画にも出たいし、海外の映画祭に行ってみたい。この映画も台湾、中国で上映できますかね?」と田中監督に問いかけたという。

完成した映画を見ることがかなわないまま、三浦さんは亡くなった。ただ「天外者」は、三浦さんの遺志を実現するかのように、21年5月にハワイ映画祭で招待上映され、同6月には上海映画祭のインターナショナル・パノラマ部門に正式出品された。そして公開1周年記念特別上映は、台湾・台北でも現地在住のファンが企画し、特別上映が行われた。田中監督は「『天外者』には英語のシーンもあった。彼は海外で活躍したいという思いがあったので『こういう言い方にした方が、伝わりやすいんじゃないですか?』などと、やりとりさせていただいた。上海映画祭、ハワイ…台湾でも再上映されたり、あらゆる場所で彼の思いが1つずつ、形になることは本当にうれしい」と喜んだ。

「天外者」をはじめ、出演した作品の中で俳優・三浦春馬の演技は生き、躍動し続ける。田中監督も三浦さんのファンも、そう思い続けているからこそ、公開から1年以上がたっても、作品は全国の一部で、いまだに上映が続いている。ブルーレイやDVD、WOWOWでの放送を楽しんだファンが日々、三浦さんと「天外者」についてインターネット上で語り合っている。

こんなに愛されている「天外者」という作品が出来た裏で、三浦さんがどれだけ心血を注いでいたか…田中監督が明かしたフィルムの裏側の真実を、文字に書くことで、この世に残したい…。それが、この原稿を記者が書いた、唯一の動機だ。最後に、田中監督が三浦春馬さんが、どういう人だったかを語った言葉で、筆を置きたい。

「美しかったですね。美しいというのは、姿、形だけではなくて、心も含めて美しい人なんだと感じたし。今の時代に求められる、ヒーロー像。三浦春馬という人は清潔感、美しさ、責任感、思いの強さを役者として、人間として、しっかり持っていた男…今も、そう感じています。『天外者』という作品に向かって、座長としてストイックに引っ張っていってくれた結果が、こういう作品になっていったんじゃないかと僕は現場で感じました。三浦春馬と出会って、こういう作品が出来た。一緒に作った主演俳優であり…仲間です」