吉本芸人が動画で自己紹介! Rー1決勝進出のkento fukaya 無限の可能性あり

総勢6000人にも及ぶ所属タレント、芸人を抱える吉本興業。日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週木曜日を「吉本の日」とし、企画インタビューを掲載。売り出し中の芸人には約3分の自己PR動画も同時アップ。時にはネタを入れ「こんだけおもろいで!」とアピールしてもらいます。

おもろいで!吉本芸人

三宅敏、村上久美子


創業110周年を迎えた吉本興業。4月から日刊スポーツ・プレミアムでスタートする毎週木曜日の「吉本の日」。第1回は、今年3月のピン芸人NO・1を決める「Rー1グランプリ」で、7位となったkento fukaya(ケント・フカヤ=32)。

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全国ネットで生放送された番組ではトップバッターとして登場。6枚の立体パネルを使い、男女3人ずつが居酒屋トークを展開するネタで沸かせたものの、残念ながら優勝には届かなかった。芸歴10年以内という出場資格があるため、kentoに次の「Rー1」はない。

「決勝が終わった直後の心境は『33%楽しかった、33%悔しかった、33%解放感、残りの1%は疲れた~』が本音でした。いま振り返ってもそれは変わりません。ただ、あれから急に仕事が忙しくなったということもないですし、その意味では勝たなきゃダメだったのかも」

俯瞰(ふかん)的な目線も失わない。

「Mー1(グランプリ)だったら、準決勝に進むだけで周囲の反応が違ってくるんですが、それだけMー1パワーがケタ違いってことですね」

それでも、3199人がエントリーした中を勝ち上がっての堂々7位。昨年も決勝進出(6位)しているだけに、ピン芸人としての実力は折り紙付きだ。

「優勝できなかったとはいえ、前向きな気持ちは捨ててないですよ。一昨年でしたか、Rー1で準決勝まで勝ち残った時に『自分もピンで何とか闘えるんじゃないか』と自信らしきものが生まれました」

自身のライブへの取り組み方にも変化を実感する。

「5月には(よしもと)漫才劇場(大阪・千日前)で、ライブと配信で楽しめるイベント『kento fukaya プレゼンツ』を予定しているので、今はそれに向けて企画をいろいろ準備しています。もう来年の『Rー1』は意識しなくていいので、自分が本当にやりたいと思えるネタだけを次はお見せしたいです」

出身は愛知県大府市。赤星憲広(元阪神)や槙原寛己(元巨人)らがOBにいる大府高校に通っていた。同校野球部は甲子園の常連であり、教師の多くは体育会系特有の厳しさを持って生徒に接していた。そのころのkentoはスポーツ新聞で地元・中日ドラゴンズの記事を熱心に読む一方で、ひそかに抱く将来の夢はお笑い芸人だった。

「とはいっても、前に出ていって、大声で皆の注目を集めるというのは苦手な高校生でした。教室の片隅で、何人かの仲の良い友人を笑わせる、そんな感じでした。いまもそうですが、自然体が自分にはいいんです」




大学進学を勧める母親と、芸人を目指したい自分の気持ち。どちらも両立できる道を探った結果、京都造形芸術大(現・京都芸術大)の芸術学部映画学科に入学した。

「もちろん、大学に行くなら東京という選択もありましたが、お笑い芸人を目指すなら、関西の方が自分に合うような気がして決めました。大阪へのあこがれもありましたし」

京都では、銀閣寺の近くに部屋を借りた。学生生活は想像以上に楽しかった。教える側も、学ぶ側にもユニークな人が多くいた。

映画監督でもある教授が「今日は撮影に行こう」と呼びかける大学での授業は、それまでの日常とは明らかに違っていた。芸人の悪ノリ感覚に近い、刺激的な毎日だった。当時、学生の仲間が製作する映画には何度も出演した。

芸人生活10年の節目。いま描く10年後の目標は「ウッチャン」こと内村光良(57)のポジション。いくつものテレビ番組で司会を務める人気者を意識している。

「にこにこと自然な笑顔を浮かべ、そこにいるだけで周囲の人たちを幸せな気持ちにさせる魅力。たくさんの人から愛されているんだなと思います。僕はテレビも好きですし、ネット番組の自由な雰囲気もいいです。テレビやネットの垣根にこだわらず、MC(司会役)を任せられるまでに今後、成長していきたいですね」

パネル制作やイラストを描いたり、いまの生活でネタ作りの時間は欠かせないが、時には気分転換も必要。余裕があるときは<1>銭湯通い<2>ウオーキング<3>ざるそばを食べる、が趣味であり、楽しみだという。

実年齢より10歳は若くみられる童顔のkento。大学生といっても十分通じるルックスだが、好きなものは意外と渋く、シニア世代の好みに近い。

「口にすると少し照れくさい趣味ですが、銭湯やウオーキングは芸人仲間と行ってます。ざるそばは、なぜか好きで、週2回くらい食べますね。どちらかといえば外見も地味でそんなに芸人ぽくないですし、普段からリアルな空気感を大切にしたいと思っているので、その意味で自分らしいといえるかも」

かつてはコンビを組み、漫才で活動していた時期もあった。その当時の相方からコンビ解散を切り出された経験を持つ。

「いまはピン芸人で頑張ってますけど、誰かと話すのが一番好きなんです。これまで即席コンビでMー1グランプリ、キングオブコントに挑戦したこともありました。正式なコンビではなくユニットとして仲の良い友達と組むのって、精神的に楽でいいんですよ」

内に秘める思いはあっても、気負いはあまり感じさせない。話し口調も自然体だ。

「正直なところ、いまも100%ピンでこれからずっと続けられるという気持ちは固まってないんです。もし生まれ変わるなら、次はしっかり漫才に取り組みたいとも考えてます」

意外にも、漫才コンビへのこだわりがあった。本来はどちらもピン芸人でありながら、ユニットとして20年Mー1で決勝に進出し、勢いに乗ったまま準優勝。一気にブレークした「おいでやすこが」の例もある。おいでやす小田、こがけんはともに43歳。まだ32歳のkentoには今後どのように大きくなっていくか、無限の可能性が広がっている。

◆kento fukaya(ケント・フカヤ) 本名・深谷健人。1989年(平元)9月10日、愛知県大府市生まれ。NSC(吉本総合芸能学院)大阪校33期生。同期には霜降り明星、ゆにばーす、ZAZYら。過去の企画ライブ「kento fukaya プレゼンツ」では配信チケットが驚異的に売れている。身長169センチ。