ママになったからって引退ではない㊦ 35歳現役の元なでしこ岩清水梓は我が子とピッチに

性別によって発生する格差「ジェンダーギャップ」指数で、日本は156カ国中120位。これは先進国で最低レベルだという。サッカー界ではどうか? 昨年9月、国内初のサッカー女子プロリーグ「WEリーグ」が誕生。これをきっかけに、女子選手を取り巻く状況は、少しずつではあるが、変わりつつある―。

ストーリーズ

磯綾乃

女子W杯独大会、優勝を喜ぶ日本代表イレブン。左から阪口夢穂(6)、丸山桂里奈(18)、安藤梢(7)、岩清水梓(3)、山郷のぞみ(1)、沢穂希(10)、川澄奈穂美(9)、上尾野辺めぐみ(14)、熊谷紗希(4)、近賀ゆかり(2)、福元美穂(12)=2011年7月17日

女子W杯独大会、優勝を喜ぶ日本代表イレブン。左から阪口夢穂(6)、丸山桂里奈(18)、安藤梢(7)、岩清水梓(3)、山郷のぞみ(1)、沢穂希(10)、川澄奈穂美(9)、上尾野辺めぐみ(14)、熊谷紗希(4)、近賀ゆかり(2)、福元美穂(12)=2011年7月17日

24歳でW杯優勝 35歳WEリーグ初のママ選手

味の素フィールド西が丘にはたびたび、たくさんのおもちゃが並べられた小さな“遊び場”が作られる。日テレ・東京ヴェルディベレーザDF岩清水梓(35)の2歳の長男聖悟君が、ママを待つ場所だ。

なでしこジャパンとして11年W杯ドイツ大会優勝も経験した岩清水は、女子サッカー界にその名を刻む名ディフェンダーだ。

20年3月に第1子を出産した直後は、鍛え上げてきた腹部の筋力も低下。出産時の恥骨骨折の影響もあった。

「産後の復帰って多分、あまり資料がない。個人差というのも、いろいろあるのかなと感じました」

体を起こす普通の動作さえ難しかったところから、地道なトレーニングを重ねて、21年5月に実戦復帰。WEリーグ初のママさん選手となった。

仲間とともに日本で初めてW杯をつかみとり、チームとして国民栄誉賞に輝いてから11年。主将だったレジェンド澤穂希さんは、15年8月に結婚し同年12月に現役引退。その後、17年1月に女児を出産した。

今では、わが子の写真を送り合う。

21年3月東京五輪の聖火リレー、11年サッカー女子W杯で優勝した日本代表「なでしこジャパン」メンバー。前列左から海堀あゆみ、山郷のぞみ、岩清水梓、1人おいて丸山桂里奈、安藤梢、中列左から宇津木瑠美、矢野喬子、宮間あや、大野忍、後列左から近賀ゆかり、福元美穂、阪口夢穂、鮫島彩、高瀬愛実、上尾野辺めぐみ(敬称略)(代表撮影)

21年3月東京五輪の聖火リレー、11年サッカー女子W杯で優勝した日本代表「なでしこジャパン」メンバー。前列左から海堀あゆみ、山郷のぞみ、岩清水梓、1人おいて丸山桂里奈、安藤梢、中列左から宇津木瑠美、矢野喬子、宮間あや、大野忍、後列左から近賀ゆかり、福元美穂、阪口夢穂、鮫島彩、高瀬愛実、上尾野辺めぐみ(敬称略)(代表撮影)

当時24歳だった岩清水も、今はベテランとして若手をけん引する立場。「チームメートをちょっとお母さん目線で観察してしまいますね」と笑う。

試合後のピッチでは、岩清水がボールを蹴るわが子とともに一周する姿がおなじみの光景となった。

◆岩清水梓(いわしみず・あずさ)1986年(昭61)10月14日、岩手県滝沢村(現・滝沢市)生まれ。小1時に神奈川・大沼SSSでサッカーを始め、中学1年時に日テレ・ベレーザの下部組織入団後、チーム一筋。06年に日本代表デビュー、3度のW杯と2度の五輪に出場。11年W杯優勝メンバー。国際Aマッチ122試合、11得点。20年3月3日の出産を経て、21年5月9日のWEリーグプレシーズンマッチ・千葉戦で試合に復帰した。163センチ、55キロ。血液型A。

WEリーグの理念推進部長として見守ってきた小林美由紀さんは「多分(岩清水の息子も)チームメートなんですね。みんなの子どもみたいになっている」と目を細める。

WEリーグは「Woman Empowerment League」を略したもの。女子プロサッカー選手という職業が確立され、みんな(=WE)が主人公として活躍する社会を目指す。そんな意味が込められている。

その理念を推進する小林さんは、筑波大時代に茨城県内初の女子サッカークラブを設立。米国への留学を経験し、サッカーだけでなくジェンダーにまつわる進んだ文化を肌で感じた。

その後は、アジア・サッカー連盟(AFC)で試合を管轄するマッチコミッショナーなどを歴任。千葉のGM時代には妊娠を望む大滝の相談を受けながら、クラブとの交渉役になっていた。

日テレ東京V対長野 スタメン出場し、長男の聖悟君を抱きながら選手入場した、日テレ・東京ヴェルディベレーザDF岩清水(前列左端)©TOKYO VERDY

日テレ東京V対長野 スタメン出場し、長男の聖悟君を抱きながら選手入場した、日テレ・東京ヴェルディベレーザDF岩清水(前列左端)©TOKYO VERDY

「子どもを職場に…」批判的な意見も

選手はまだ2人だが、出産を経て復帰したコーチもクラブに所属している。アルビレックス新潟レディースの斎藤友里コーチは、大滝と同時期に出産を経て復帰。新潟は千葉と同様に、産休期間中の全報酬を支払うことに決めた。

小林さんは、あるクラブとの会話の中で、何かが変わりつつあることを感じたという。

「コーチが妊活しているから、あまり動けない。でも、それを理解した上でやっていると。ほかにもコーチになりたいけど妊活をしたいという子もいて、それなら言えばいいんじゃない? という話をしていたんです」

コーチは指導だけでなく、対戦相手の分析や練習メニュー作成など、仕事が多岐にわたるため、選手よりもグラウンドにいる時間が長くなるのが常だった。

妊娠を望む人の「妊活」というワードが飛び交う日常。WEリーグ事務局は、他企業に比べて女性が多いことも関係しているかもしれない。それでも女性を取り巻く意識や環境が、少しずつ変わってきている。

かつては子どもを職場に連れてくることに、後ろ向きな意見も多かった。「アグネスチャンさんの話、ありましたよね」と小林さん。

80年代後半、タレントのアグネス・チャンが出産後に乳児を連れて、テレビの収録スタジオにやってきた。当時はこの行動が、子連れ出勤の是非をめぐる大論争に発展した。

小林さんは続けて、ある大学サッカー部であった話を挙げた。

出産を経た女性コーチが、子どもを連れて復帰。部員たちも楽しみながら世話をしていた。しかし、一部の保護者から「自分の子どもを他の人に見させて」「何かあったらどうするんだ」と、苦情の声が上がった。

「子どもが競技の場に、ってネガティブに言う人もいた。でもそこに子どもがいたからって、競技的なスピリットが失われるわけじゃないんです」

WEリーグで理念推進部長を務める小林美由紀さん

WEリーグで理念推進部長を務める小林美由紀さん

WEリーグの初代トップを務める岡島喜久子チェア(代表理事)は米国で30年暮らし、米金融大手で要職を務めた経験がある。多くの女性が出産を経て、仕事に復帰する環境で働いてきた。

だから、日本に根付いた考えに驚いていたという。「子どものことを阻害って考えるんだね」。

W杯で史上最多4度の優勝、オリンピックでも史上最多4度の金メダルを獲得し、最強といわれる米国女子サッカー代表。試合を終えたあとは宿舎の中で、当たり前のように子どもと夫と一緒に過ごしていた。

なでしこジャパンでコーチを務める宮本ともみさん(43)は、その光景にあこがれた1人。05年に長男の出産を経て代表にも復帰し、日本サッカー界でママさん選手の先駆け的な存在となった。

子どもを連れた岩清水や大滝、その周りの選手たちの楽しそうな笑顔。まだまだ日本ではたくさん見られる光景ではない。でも、小林さんはそんな姿を見て、思いが間違っていないと確信する。

約50人いる女性審判員の1割も、子どもを持ちながら仕事を続けている。育児をしながら新たに審判を始めた人、産休を経て復帰した人、シングルマザーとさまざまだ。

ベビーシッターはまだ自ら手配しなければいけないが、子どもが待つ場所は各クラブが用意してくれる。遠征先にも連れて行くことができ、安心して働くことができる。

出産を経て復帰を目指したが、他の道に進んだ審判もいた。今は経験を生かして、審判を評価するインストラクターの仕事に就く。「それも1つのモデル」と小林さんは言う。

「キャリアをちょっと変える。もしかしたら、選手も。現役復帰はできないかもしれないけど、指導者になってもいいし、例えばフロントになってもいい。経験のある人がサッカー界に関わってくれている、そういうことが大きいと思います」

出産後も続けたい人が、続けられる仕組みを作る。経験や知識を持つ人がサッカー界から離れないことは、女子サッカーの発展にもつながっていくはず。サッカー界に限らず、これは社会全体にもつながる話だ。

日テレ東京V対千葉 前半、シュートを放つ日テレ・ベレーザ岩清水梓=2021年5月8日

日テレ東京V対千葉 前半、シュートを放つ日テレ・ベレーザ岩清水梓=2021年5月8日

小さな一歩が女性を取り巻く環境や社会を変える

WEリーグは産休中の報酬保証のほかにも、さまざまな制度を作っている。FIFAと同様に、妊娠・出産した選手は決められた登録期間外でも復帰することが可能。クラブ側も代わりの選手を登録することができる。全てのホームスタジアムに、サポーターも利用できる託児所を設けることも目指している。

今はWEリーグや女性にまつわる制度だが、Jリーグや男性においても、おかしくはない。お父さんが育休を取り、会社や託児所に子どもを連れて行くことも、もっと増えていけばいいのではないか。

性別によって発生する格差「ジェンダーギャップ」指数で、日本は156カ国中120位。これは先進国で最低レベルだという。一朝一夕には解決しない問題でもある。

まずは、女性の将来の選択肢が増えていくこと。もちろん、家庭と仕事を両立することだけが正解ではない。自分に合った生き方を自由に、安心して選ぶことができる。周囲がそれを尊重し、選択を邪魔しない環境や制度を作ることが必要だ。

WEリーグやクラブの取り組みは、小さな1歩かもしれない。しかしその積み重ねが、女性を取り巻く環境や社会を変えていくはずだ。