「りくりゅう」追う「みゆしょー」柚木心結 差し出した手が握られた日/26年五輪への物語㊤

21年12月のフィギュアスケート全日本選手権。すでに北京五輪代表内定を決めていた三浦璃来、木原龍一組(木下グループ)不在のペア競技には、わずか1組が出場した。

愛称「みゆしょー」。結成間もない2人は手を取り合い、26年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪へ続く道を進み出した。

フィギュア

松本航

<フィギュアペア「みゆしょー」の挑戦㊤ 3回連載>

◆柚木心結(ゆのき・みゆ)2006年(平18)1月13日、北海道・帯広市生まれ。3歳でスケートを始める。中学卒業を機に関西に拠点を移し、ペア競技を始める。京都両洋高2年。特技「釣り運がイイ」。趣味「ラクガキ」。身長153センチ。

◆市橋翔哉(いちはし・しょうや)1997年(平9)11月5日、広島市生まれ。小学校入学前に大阪市へ引っ越し、小2の終わりにスケートを始める。高3で本格的にペアへ転向し、関大へ進学。特技は乃木坂46のイントロクイズ。趣味は乃木坂46のライブ巡り。身長175センチ。

21年全日本選手権 ペアSPの演技中、転倒した市橋翔哉(左)を笑顔で励ます柚木心結

21年全日本選手権 ペアSPの演技中、転倒した市橋翔哉(左)を笑顔で励ます柚木心結

世界ジュニア経験の市橋翔哉と

世の関心が東京五輪へと向けられていた、2021年7月のことだった。

周囲の木々に止まったセミの鳴き声を聞きながら長い階段を降りると、左手に大きな建物が見えてきた。

大阪・高槻市の関西大学たかつきアイスアリーナ。

つい3カ月ほど前、北の大地から関西へとやってきた高校1年生は、この日に向けて準備を重ねてきた。

柚木心結(ゆのき・みゆ)、当時15歳。

差し出す手を8歳上の市橋翔哉が、そっと握った。

あの日の出来事を、柚木は少し照れくさそうに思い返した。

「『チャンス!』と思っていました。『7月のトライアウトでダメだったら、そのチャンスもなくなってしまうだろうな…』と考えて、家でできるトレーニングを続けていました」

フィギュアスケートのペア競技。のちの北京五輪で日本勢初7位入賞を飾る三浦璃来、木原龍一組(りくりゅう)に続けと、新たなペア「みゆしょー」が第1歩を踏み出した日だった。

清水宏保生んだスケートの町で

広大な大地に清流「十勝川」が潤いをもたらす。柚木は北海道中東部に位置する人口約16万5000人の街、帯広市で生まれた。

3歳の時、近くのカーリング場で初めて氷に立った。

「靴が窮屈で、寒いし、あんまり楽しくないな…」

そうは思っていたが、滑ること自体は好きだった。

同じ「スケート」でもスピードスケートが盛んな街だった。1998年長野五輪男子500メートル金メダルの清水宏保氏らが、この地で育った。それでも小学生になると、柚木はフィギュアの教室でコーチの指導を受け始めた。理由があった。

「フィギュアの衣装がかわいくて『いいなぁ』と思ったんです。親が転勤族だったので、もし転校したとしても『北海道でスケートをしていました!』って話のネタになればいいな、ぐらいの気持ちで始めました」

ただ滑ることが好きだった。4~7月は帯広のリンクが使えず、週に数回は親が東の釧路まで片道2時間半を運転して滑らせてくれた。できないことを練習する充実感を知り、試合の結果は気にしていなかった。

小学校中学年になると、視野が広がった。長野・野辺山で行われた全国有望新人発掘合宿。同い年の男子選手、三浦佳生が3回転トーループを跳んでいる姿に衝撃を受けた。

「私は2回転ループがギリギリ跳べないぐらいで行っていたのに『あっ、すごい人がいっぱいいるんだ』と思いました。そこから楽しむことに、レベルアップへの思いが加わりました」

全国の同世代から刺激を受け、北海道で自らも練習に励んだ。小学6年生で迎えた全日本ノービス選手権では10位に入った。

柚木心結写真館

小2の柚木心結(右)は北海道・清水町の道中で麦畑の牧草ロールを前に笑顔。左は妹の心春さん(本人提供)

小2の柚木心結(右)は北海道・清水町の道中で麦畑の牧草ロールを前に笑顔。左は妹の心春さん(本人提供)

小2の柚木心結(左)は妹の心春さんと北海道・帯広市の自宅の庭で野菜を手に笑顔(本人提供)

小2の柚木心結(左)は妹の心春さんと北海道・帯広市の自宅の庭で野菜を手に笑顔(本人提供)

小3の柚木心結は真駒内セキスイハイムアイスアリーナの表彰台に立って笑顔を見せる(本人提供)

小3の柚木心結は真駒内セキスイハイムアイスアリーナの表彰台に立って笑顔を見せる(本人提供)

小4の柚木心結(右)は妹の心春さんと笑顔で写真に納まる(本人提供)

小4の柚木心結(右)は妹の心春さんと笑顔で写真に納まる(本人提供)

帯広市・稲田小のグラウンドに水をまき、行われたスピードスケート大会。小4の柚木心結(右から2人目)は1位でフィニッシュ(本人提供)

帯広市・稲田小のグラウンドに水をまき、行われたスピードスケート大会。小4の柚木心結(右から2人目)は1位でフィニッシュ(本人提供)

20年11月、東日本選手権・ジュニア女子SPで演技をする柚木心結

20年11月、東日本選手権・ジュニア女子SPで演技をする柚木心結

「やりたいです!組みたいです!」

だが、大舞台を終えた後、腰椎分離症に見舞われた。満足な練習が積めず、周囲との差を気にしていた。

小学校低学年の頃に感じていた「楽しさ」は、どこかへと消えていた。

「その時には『ダメだなぁ…』って、何となく分かっていました。腰のこともあるし、あまり伸びていないのを実感していました。(3回転)トーループまでしか跳べていなかった。4年生の時には一気にダブルアクセル(2回転半)まで跳べたのに、そこからなかなか跳べず、いろいろ考えるようになっていました」

心の揺れが、大きくなり始めた。帯広のリンクが閉まっていた小学6年生の春、愛知へ足を運ぶ機会があった。中京大でペアのトライアウトが行われていた。

「中京大学ってテレビで見たことしかなかったので『どんなところだろう?』と思って、行ってみました。ペアのトライアウトに行けることが決まってから、YouTubeを見始めたぐらい、まだペアのことは何も知らない状態でした」

21年全日本選手権、ペアSPの演技をする柚木(左)、市橋組

21年全日本選手権、ペアSPの演技をする柚木(左)、市橋組

そこには見たことがない景色が広がっていた。身長130センチほどの少女は男子選手に持ち上げられ「『高い、高い』みたい~」とリフトに胸が躍った。その秋に分離症となり、後ろ髪を引かれる思いになった。中学生になって、その感情はより一層強くなっていた。

中学2年生の夏、1人の男子選手がペアを解消したニュースが耳に入った。

それが三浦璃来とともに世界ジュニア選手権などを経験してきた市橋だった。

「ペアをやりたいです! 組みたいです!」

トライアウトで市橋と連絡先を交換しており、ストレートなメッセージを送った。新たな挑戦への意欲が、柚木を突き動かしていた。(つづく)