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  インタビュー<日曜日のヒーロー>
 過去のインタビューは、日刊スポーツ紙面(東京本社発行分)でもご覧になれます。
 ご希望の方は→紙面バックナンバー申し込み
 なお、WEB上では、紙面より1週間遅れでの公開となります。
第505回    上川隆也  
2006.02.26付紙面より

上川隆也
写真=大河ドラマや朝の連続ドラマの撮影は、健康管理が大変だと耳にする。午後7時から上川さんを撮影する前に、午前10時に相手役の仲間由紀恵さんは国税局で確定申告をしていた。偶然、同じ日に大河主演コンビを取材した感想は、やっぱり大変そうということ。お疲れかなと思いつつも、カメラを向けると「夫婦」そろって決めの表情になった。上川さんの表情がやや時代劇風に感じたのは役づくりのためだろうか?
(撮影・川口晴也)

俳優でなければ路傍の石

 「俳優でなければ路傍の石」。上川隆也(40)は、自分をそう表現する。芝居しかできない男という自嘲(じちょう)に、あえて役者ばかでいたいという実直な思いがすけてみえる。NHK大河ドラマ「功名が辻」(日曜午後8時)の山内一豊役で1年間の長丁場に挑んでいるが、「芝居で疲労を感じたことがない」と言い切る男にとっては至福のとき。謙遜(けんそん)の言葉の数々には、自信もにじんでいた。


山に至る道

 甘いマスク、誠実さ、優しさ、さわやかさ…。多くの女性ファンが上川の魅力を語るときに使う言葉が少し、分かったような気がした。インタビューは「功名が辻」の長時間の撮影後に行ったが、疲労を少しも見せず「お願いします」と頭を下げ、終始笑顔を絶やさない。89年に演劇の世界に入って17年。人に接するときのゆとり、肩の力が抜けた言葉遣いが、役者としての充実を物語る。

 「実は、劇団に入っても俳優を生業(なりわい)にしようというような覚悟を伴うものはなかったんです。俳優で生きようと決めたのは10年ぐらい前。それまで、この稼業で生きていくなんて考えたことは1度もなかったんです」。

 そう振り返り始めた役者生活。芝居との出合いは、何となく始めた学生時代のアルバイトだった。小学校などで民話などの芝居をする劇団で演じているうち、子供たちの真剣なまなざしを見て心が動いた。それまでは目標や夢などはなかったが、大学を中退して飛び込んだ。

 「劇団(キャラメルボックス)に入った当初は、将来のことなど考えず、ただ『楽しい、楽しい』でやっていたんです。30歳を目前にして、ようやく、これで生きていけるのかと考え始めました。ちょうどその時、NHKドラマ『大地の子』の出演話。もし、この仕事抜きに29歳から30歳という時間を過ごしていたら、違った道に進んでいたかも。幸い、そのドラマに出たおかげで、ご飯を食べていけるようになってしまった。なので、自分がそうなってやろうと思って、あがいて、あがいて勝ち得たものというのが、僕にはないんです」。

 人生の転機だったというドラマ「大地の子」では戦後、中国に残された日本人(上川)を演じ、中国人俳優の朱旭、実父を演じた仲代達矢との出会いがあった。

 「仲代さん、朱旭さんは言葉にできない、とてつもない俳優でした。富士山を間近で見たときの理由のない感動と同じ。あの山に登りたいとか、あの山になりたいとすら思わされない。演技、風格…すべてです。これが、僕のずっと先にある役者の姿なんだ。役者の道をたぐっていくと、もしかしたら、あの2人の域に行けるかもしれない」。

 映画、ドラマ、舞台で主役級を演じ続け、はた目には山が近づいているようにも思えるが、本人はそうではない。むしろ、山そのものより、山にいたる道を歩むことにのめり込んでいる。

 「今の僕には他動的な部分が多い。お芝居に生きるということを天の配剤ではないけど、与えてもらったような気がします。だからこそ、芝居には真摯(しんし)に向かっていかないといけないと強く思うんです。芝居について語る権利も、僕にはないと思うくらい。でも、俳優は僕の背骨です。なくなったら立っていられません。僕は芝居をしているからこそ、この世にいていいと思えるんです。僕が僕以外の何かと接するのは芝居があってこそ。芝居の魅力も、魅力とかというのでは既になく、これ有るが故に我有り。これしかできないということでもありますが(笑い)」。

 あえて俳優以外の仕事をやっていたらと問い掛けると「路傍の石」と返してきた。


カップめん

 役者の道にのめり込んだ男は、どんな私生活を送っているのか−。

 「はたから見ると、殺伐たる大地のように見えるみたいですよ。僕自身は荒涼とした私生活とは思っていないのですが(笑い)。何ひとつ生産的なことをするわけでもなく、何の起伏もなく、ボーッとしています。精神的に何か揺らいだりすることもなく。例えば、ドラマを見ても、演技の研究をするでもなく、ボーッと見ているだけです」。

 40歳で、都内で1人暮らし。いくらボーッとしていても生きていくための生活労働はあるはずだが、本当に最低限のようだ。

 「必要に迫られてやっています。食事はつくらなきゃ食べられないし、洗濯もしないと、裸で出かけるしかないし…。確かに、カップめんなどインスタント食品にお世話になってますし、野菜をいためたり、火を通すくらいの料理はします。カレーやミートソースは難しいですよね」。

 仕事以外の趣味を聞いても−。

 「ないです。胸を張って言えるものがないんです。こうして質問されると、どんどん自分が殺伐とした人間に見えてきてしまいました。だから、荒涼という言葉が出て来るんですね。悲しい現実ですね。でも、仕事を終え、家に帰ると、心地よい達成感があります。それが、日々の駆動力になっているのかな。何か、発散しないといけないストレスのようなものがないんです」。

 「功名が辻」のテーマの1つは夫婦愛だが、それも上川個人にはあまり影響を与えそうもない。結婚観を聞いても、それまでと同じトーンの答えがあるだけだった。

 「自分のこととして考えられないんです。明確なビジョンとして自分の中にないんです。自分はこれまで、何かをプランニングしながら生きてきたわけでもないので。例えば、10年後の役者としての自分を描けるかというと、無理であるように、結婚も同じ価値観。『大地の子』に出合うだろうからと、それに向けて芝居を錬磨して生きてきたわけではないのに『大地の子』に出合った。結婚も同じで、いい人に出会った時に受け入れればいい。何かに強くあこがれたり、求めたりということは、今の僕にはないんです。鈍いんですね。あこがれの人はどんなタイプとか聞かれても、それを描くことさえ、言葉がきついけど、無意味というか…。将来も、どうにかなると考えるのが楽観的なら、僕はそれすら考えていないから楽観的以下ですね(笑い)」。


気分は学生

 やはり根っからの仕事人間なのだろう。「功名が辻」の話になると、目がみるみる輝き始めた。

 「学生時代に戻った気分です。週に5日、決まったところに通うという生活は、毎日クラスメートに会いに行くみたいで楽しいんです。収録が始まって半年ですが、クラス全員の顔と名前が一致して、ばかも言えるようになってというような雰囲気を今、スタジオで味わっています。仲間(由紀恵)さんや舘(ひろし)さん、スタッフも交えて、たまにお酒を飲みに行きます。ただ、私は年なのか、すぐに眠くなってしまって。仲間さんとは収録の合間に『昨日、あのドラマ見た?』とか、愚にもつかない話をしていますよ」。

 紙面に載せてもらうほどではないとし、詳細な様子は教えてくれないが、舌はなめらか。仲間との共演についても「夫婦」というより「仕事仲間」という感覚が前面に出ている。

 「初めての収録から、仲間さんと綿密な打ち合わせをしたことがないんです。ほかのドラマでは時々あることなのに、半年たっても1回もない。なぜか、うまくいく。こんなことは初めてです。理由を突き詰めたこともないし、分からないけど、言えるのは信頼しているということ」。

 演じる一豊は、信長や秀吉など己の才覚だけでのし上がった人物と違い、妻千代や家臣の協力で戦国の世をうまく渡っていく。役者の道を独り歩いてきたようにみえる上川には、どのように映っているのだろう。

 「今回は千代の存在が大きく、山内家というファミリーの中で生きているという意識で演じています。ここまで家族の関係性を強く感じたことはなく、個として存在する役と違う楽しみがあります。また、完成された人物と違い、周囲に何かを補わないといけないと思わせるように心掛けています。新しい何かが目の前にあると、楽しんで演じています」。

 どこをどう切っても、役者か芝居しか出てこない上川。当然、これからも同じ道を実直に歩き続けるつもりでいる。

 「10年後? 20年後? 上川隆也という役者がこの世にいたらいい。人気がどうであれ、芝居をやっていたい。社会人としては平均点以下でしょうし、生身ひとつで世間に放り出されたら、難渋することは想像に難くない。なので、役者をやらせておいてください」。

 なぜ、そこまで役者一筋でいられるのかと聞くと、十数秒考え込んでも答えは出なかった。ただ「言葉に置き換えられたら、今ほど好きでなくなる不安はある」とだけこぼした。


「これからも支えて」

 「功名が辻」で一豊(上川)の妻千代を演じる仲間由紀恵(26) 撮影現場ではスタッフや出演者に気を配り、現場を明るく楽しい雰囲気にしてくれる人です。上川さんの役作りに対する真剣な姿がとても印象的で、こんなすてきな役者さんと一緒に作品を作れることを光栄に思っています。大河ドラマの撮影が始まって約半年となりますが、これからも私たちを支えてくださいね。


 ◆「大地の子」 95年放送のNHK放送70周年記念ドラマ。日中合作で、主演の上川は戦後、中国に残された日本人、陸一心を演じた。中国人の養父と実の父親との再会など、日本と中国にまたがる親子のきずなとかっとうを描いた。


 ◆上川隆也(かみかわ・たかや) 本名同じ。1965年(昭和40年)5月7日、東京都生まれ。中大在学中の89年に演劇集団キャラメルボックス入り。「サンタクロースが歌ってくれた」「ブリザード・ミュージック」などで主演し、現在も看板役者の1人。95年のNHKドラマ「大地の子」で脚光を浴び、96年のNHK朝の連続テレビ小説「ひまわり」、97年の大河ドラマ「毛利元就」などに出演。映画でも97年「東京夜曲」、99年「梟の城」などで活躍している。175センチ、65キロ。血液型A。


(取材・中野由喜)

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