【追憶 桑田真澄〈3〉】1面の見出しは「池田まさか 水野3発」…立役者の写真なし

PL学園の桑田真澄。すべての野球好きが胸躍る響きです。水野雄仁を擁する池田を完封した15歳が、一気にスターダムへのし上ります。(2017年6月5日掲載。所属、年齢などは当時。文中敬称略)

高校野球

83年8月21日付の日刊スポーツ1面。池田が負けたことへの衝撃が伝わります。今では考えられませんが、当時1年生の桑田の写真は1枚もありませんでした

83年8月21日付の日刊スポーツ1面。池田が負けたことへの衝撃が伝わります。今では考えられませんが、当時1年生の桑田の写真は1枚もありませんでした

★ヤマ張り 自ら2ラン

異様な興奮が、甲子園に満ちていた。

先手を取ったのは、戦前予想で圧倒的な劣勢と伝えられていたPL学園。

2回裏に大量4点を池田・水野雄仁から奪った。

「4点を取られたとき、負けると思った。でも、4点だったらまだ取り返せるな、とも。複雑な気持ちだった。緊張感がなくなってしまって…」

83年8月21日付の日刊スポーツは、先制を許した水野の困惑を伝えている。

2回2死二塁。1点を先制した直後だった。

先発の桑田がバットで驚かせた。水野の内角高め速球を左翼スタンド中段にたたき込んだ。

桑田 池田戦は投げることに全精力を使うつもりで、打つ方にエネルギーを使いたくなかった。水野さんの球は速いし、あのスライダーなんて打てない。だから、自分の得意なコースだけを待つことにしました。ヤマを張ったインコースに水野さんが放った速球が来た。それがホームランになったんです。

★公式戦初の被本塁打

水野が公式戦で初めて打たれた本塁打だった。しかも、1年生に。

水野の女房役だった井上知己は甲子園大会後、高校日本代表でチームメートになった桑田から「狙ってました」と聞き、がくぜんとする。

井上 カウント0-2になって、インハイのつり球を要求したんです。その球を狙ったと言うんですよ。やっぱり賢いなって…。

この試合、水野はPL学園に3発を浴びた。

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古代の王国トロイを発見したシュリーマンにあこがれ、考古学者を目指して西洋史学科に入学するも、発掘現場の過酷な環境に耐えられないと自主判断し、早々と断念。
似ても似つかない仕事に就き、複数のプロ野球球団、アマ野球、宝塚歌劇団、映画などを担当。
トロイの 木馬発見! とまではいかなくても、いくつかの後世に残したい出来事に出会いました。それらを記事として書き残すことで、のちの人々が知ってくれたらありがたいな、と思う毎日です。