【無料会員記事】一茂が崖下に転落も「手を出すな!」/私と長嶋さん〈3〉

巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さんが6月3日に亡くなりました。日刊スポーツ・プレミアムでは、長嶋さんの思い出を語ってもらう不定期連載「私と長嶋さん」をスタートします。

各界いろんな皆さんが抱くミスターの思い出を紹介していきます。最初に登場いただくのは、現役終盤を支えた淡河弘さん(85)。今で言う「ブルペン捕手」としてV9時代の巨人を裏から支えた人ですが、長嶋さんが伊豆・大仁で行っていた「山ごもり」のパートナーでもありました。全4回です。

プロ野球

◆淡河弘(おごう・ひろし)1940年(昭15)2月19日生まれ、福岡県出身。久留米商から東洋高圧大牟田を経て、62年に巨人入り。通算13試合出場、13打数4安打3打点。現役引退後は巨人、ヤクルト、日本ハムでバッテリーコーチを務めた。


◆長嶋茂雄(ながしま・しげお)1936年(昭11)2月20日、千葉県生まれ。佐倉一から立大を経て、58年に巨人入団。74年に現役引退するまでMVP5度、首位打者6度、本塁打王2度、打点王5度を獲得し、「ミスター・ジャイアンツ」として球界最大のスーパースターとなった。監督は75~80年、93~01年の計15年務め、リーグ優勝5度、日本一2度。アテネ五輪日本代表監督として03年アジア予選は3戦全勝で五輪出場を決めたが、04年の本戦は病気のため辞退。88年野球殿堂入り。13年に国民栄誉賞。21年には野球界で初めて文化勲章を受章した。現役時代は178センチ、76キロ。右投げ右打ち。

「城山登り」5歳に満たない長男が…

71年1月、伊豆大仁温泉での自主トレーニングに長男一茂君を同伴する長嶋茂雄さん

71年1月、伊豆大仁温泉での自主トレーニングに長男一茂君を同伴する長嶋茂雄さん

大仁での練習メニューに「城山(じょうやま)登り」があった。海抜わずか342メートルの小さな山だが、マグマが冷えて固まってできたこともあり、登山道の一部には岩場もある。

父親に会いたいといって大仁にやってきた一茂は、一緒に登りたいと城山についてきた。途中、大人でも注意深く進まないと足をとられる急斜面があり、5歳にも満たなかった一茂は案の定、足を滑らせて2、3メートルほどの崖下に転落した。

一茂を後方から見守りながら登っていた淡河弘は助けにいこうとした。すると、どんどん先に登っていた長嶋茂雄が下を振り向いて怒鳴った。

「手を出すな!」

本文残り68% (1797文字/2648文字)

1988年入社。プロ野球を中心に取材し、東京時代の日本ハム、最後の横浜大洋(現DeNA)、長嶋巨人を担当。今年4月、20年ぶりに現場記者に戻り、野球に限らず幅広く取材中。