プロデューサーも手がける実力者「シゲカズです」 遅咲きの天才?

大阪のよしもと漫才劇場(マンゲキ)には多くの若手芸人が所属し、日々舞台で切磋琢磨(せっさたくま)しているが、そのオリジナリティーがひときわ光るピン芸人が、シゲカズです(41)。正式にコンビを組んでの活動はゼロながら、ユニットでM―1グランプリ準々決勝まで進出。さらに自ら企画プロデュースしたお笑いライブを頻繁に開催。オンリーワンのクセモノ芸人として個性を発揮している。

お笑い

◆シゲカズです1982年(昭57)4月6日生まれ、大阪府八尾市出身。NSC(吉本総合芸能学院)31期。08年デビュー。ピン芸人として活動中。同じピン芸人の白桃ピーチよぴぴと組んだユニット「チューリップフィクサー」で23年M―1グランプリ準々決勝進出。趣味は散歩、温泉巡り。身長176センチ。

社会人→ひきこもり→芸人

型破りというのか、つかみどころがない、というのか。「シゲカズです」という芸人は一筋縄ではいかない。

一度は社会人としてアパレルショップで勤務したが「出世しそうになって、このまま同じ仕事をしたくない」と退職。23歳、24歳と自宅に引きこもった。

シゲカズですただのひきこもりじゃないんです。「自分の将来をしっかり考えてみよう」と、前向きなひきこもりでした。好きだったのは絵を描いたり、写真を撮ったり。そうした仕事を目指すには「まず、しゃべりがうまくならないといけない」と、NSC(吉本総合芸能学院)に入学しました。25歳の時でした。

お笑いが好きで、NSC入りしたのではない。むしろ逆で、テレビ番組で漫才が映ると、すぐさまチャンネルを替えるほどだった。

高校時代「友達なし」

シゲカズです高校時代は、誰も友達がいませんでした。協調性がないんでしょうか。中学生のときに「高校には行きたくない」と親には言ったんですが、説得されて結局、高校へ。いま思えば、高校に行ったことそのものが後悔でした。

NSCでは大半の生徒がコンビを組んで、漫才やコントに取り組むが、ここでも「ひとり」を貫く。同期生に誘われて、一度コンビを組んではみたが、試しに30分のネタ合わせをしただけで「これはあかん」と、すぐに断念した。

シゲカズです(NSCの同期生と)仲良くしても仕方ない、と思ってましたから。当時から今まで、ずっとピン芸人です。誰だったか、芸人の先輩が言ってましたが「一度もコンビを組まずに、ずーっとピンでやってきたやつは、どこかおかしいねん」と聞いたことがあります(笑い)。

一般社会とはもちろん、他の芸人とも考えが違っていた。だが、その個性がプロデューサーとして開花する。

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エンタメ

三宅敏Satoshi Miyake

Osaka

大阪市生まれ。1981年に日刊スポーツ入社。
主に芸能ニュース、社会ニュースの記者・デスクを務める。
2011年に早期退職制度で退社。その後は遊んで暮らしていたが、2022年から記者として復帰。吉本のお笑い芸人などを取材している。
好きなものは猫、サッカー、麻雀、ゴルフ。身長171センチ。