【朝乃山を追う:26年初場所〈上〉】三十路で人生初の… 心機一転新たなスタート

24年7月の名古屋場所で左膝前十字靱帯断裂などの大けがを負った、大関経験者の朝乃山(32=高砂)が、1月の初場所で1年半、9場所ぶりに幕内力士として15日間を戦いました。12日目を終えて、トップの大関安青錦を1差で追うなど、一時は優勝争いにも絡みましたが、3連敗締めで9勝6敗。悔しさが残る幕切れに、春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)での雪辱に燃えています。初場所前からの様子を「上」、春場所や今後に向けた思いなどを「下」として2回連載でお届けします。

大相撲

★朝乃山 初場所の主な内容

  • 人生初の独り暮らし その理由とは
  • 1年半ぶり幕内白星 格別な懸賞9本
  • 12日目まで優勝争い 3連敗の幕切れ
若元春(右)に寄り切りで敗れた朝乃山(撮影・足立雅史)

若元春(右)に寄り切りで敗れた朝乃山(撮影・足立雅史)

決断 後輩のため独り暮らし

昨年12月20日、朝乃山は新たな1歩を踏み出していた。人生初、独り暮らしを始めた。学生時代は寮、入門後は部屋で団体生活。都内にマンションを借り、部屋には自転車通勤。「朝、めっちゃ寒いんですよ。『稽古に行かなくちゃ』っていう、学校に行くような感覚になってます(笑い)」。初場所直前に、そう話していた。若い衆の時は大部屋、関取としては個室という違いこそあるが、これまでの部屋暮らしから、心機一転、初場所の番付発表2日前に新居を構えていた。

「自分の中では、幕内に戻ったら部屋を出ようと思っていたんですよ。下から上がってくる子のためにも、僕が出るしかないと思っていて」。高砂部屋には個室が3室。朝乃山が引っ越すまでは、前頭朝白龍、十両朝翠龍と、個室は満室状態だった。前頭朝紅龍は、一足先に独り暮らしを始めている。今後、幕下から関取に昇進する力士のために、個室を明け渡した格好だ。

「31歳で初独り暮らしです(笑い)」

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1999年入社。現在のスポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。