【佐藤駿の言葉】昨季の中国杯とひと味違う優勝の味「みんなの支え合って乗り越えれた」

【重慶(中国)=勝部晃多】ショートプログラム(SP)首位発進の佐藤駿(21=エームサービス/明大)が、悪夢を払拭するシリーズ2勝目を手にしました。右足首の負傷を抱えながらも、フリーもトップの183・99点をマークし合計278・12点で優勝。世界選手権銀メダルのシャイドロフ(カザフスタン)らをかわして昨季に続いて中国杯を制し、来年2月のミラノ・コルティナ五輪出場に向けて大きく弾みを付けました。

現地限定で行われたフリー後の取材でのコメントを「佐藤駿の言葉」としてお届けします。

フィギュア

<フィギュアスケート:グランプリ(GP)シリーズ第2戦中国杯>◇10月25日◇中国・重慶◇男子フリー




―演技を振り返っていかがですか

優勝できると思っていなくて、ほんとに先週から苦しい練習というか、自分の中でなんかモヤモヤというか、葛藤があったりして、うまく練習できてなかったんですけど、その中で揃えることができて本当に嬉しく思っています。


中国杯フリーの6分間練習に臨む佐藤(撮影・勝部晃多)

中国杯フリーの6分間練習に臨む佐藤(撮影・勝部晃多)


―モヤモヤは具体的にどんなものでしたか

ケガもあったりして、なかなか自分の思うような練習、そして練習時間自体も絶好調の時よりも少ないというか、少ない練習時間でやっていたので、調子も上がってなくて、その状態での中国大会だったのですごい不安とかもあったんですけど、ほんとにファンの皆さんの声援だったり、日下先生だったり、トレーナーさん、ほんとにみんなの支えがあって乗り越えられたなと思っています。


―練習量は絶好調の時とくらべて何割ぐらいに落としていましたか


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スポーツ

勝部晃多Kota Katsube

Shimane

島根県松江市生まれ。2021年4月入社。高校野球の神奈川担当などを経て、同年10月からスポーツ部に配属。バトル班として新日本プロレスやRIZINなどを担当し、故アントニオ猪木さんへの単独インタビューや武藤敬司氏の引退試合、那須川天心―武尊などを取材した。 23年2月から五輪班に移り、夏季競技はバレーボールを中心に担当。同年秋のW杯や24年夏のVNLなど。冬季競技はフィギュアスケートをメインに務め、全日本選手権は2年連続で取材中。X(旧ツイッター)のアカウントは「@kotakatsube」。