【イチロー大相撲〈14〉】島津海〈下〉島が嫌いだった少年は、島を愛する幕内力士になった
初場所で新入幕を果たした島津海(27=放駒)は、入門から10年かけて関取になった。
その間、限界を感じてあきらめかけた日もあった。
親方、おかみさん、母、兄弟子に励まされ、幕内力士になった。番付が上がっていくにつれ、出身の種子島が好きになった。
大相撲
母からの手紙
2012年2月25日。種子島から高速船トッピーに乗り、鹿児島へ。そこから春場所開催地の大阪へ向け、新幹線へ乗った。
島津海は当時、15歳。しこ名はまだない、中学卒業間近の中園空(なかぞの・そら)だった。
母・美幸さんから渡された手紙は、車内で読んだ。
「空へ」で始まる2枚の便せん。幸せを呼ぶといわれる四つ葉のクローバーがデザインされている。こんなところにも、母から息子への思いがにじみ出ていた。
母にはこれまで、雑に接したこともあった。母は、角界入りに乗り気ではなかった。それでも最後は、背中を押してくれた。
「その手紙を見て、僕、もうボロボロ泣いたんですよ。おかんからの手紙で。それで『よし、頑張ろう』と思って…」
手紙の締めは、こう書かれていた。
卒業おめでとう。
3月に行われた種子島中学校の卒業式には出なかった。
島に戻って出席してもよかったが、春場所の前相撲に出ることを優先した。
卒業式では、父・信乃(しの)さんが代わりに卒業証書を受け取った。
「1人、先に旅立った人がいます」
このアナウンスを聞いた母は、式場で泣いていた。
同じころ、大阪府立体育会館で、前相撲が始まっていた。
同期は35人。関取になったのは、島津海のほか大砂嵐、大喜鵬、極芯道を加えた4人だけ。今も現役なのは関取経験者では島津海だけで、ほかに9人だけ。
厳しい出世競争は、この時始まった。
もろ差しを狙え
前相撲の最初の取組で、プロの厳しさを知った。
本名の「中園」で初土俵を踏んだ。小学校6年生まで柔道をやっていた。運動神経に自信があった。
相手は、同い年の琴松尾(現在は琴隆成)。自分より背が低かった。
「向こうが相撲経験者だとは知らなかったんですけど…。組んでぶん投げたら勝てるだろうと。で、1発、1突きで持っていかれたんですよ。こんな相撲があるんだって、衝撃を受けたんですよ」
力士としての初戦は、黒星スタート。このころ、相撲と言えば四つに組むことしかイメージできなかった。
柔道経験者が角界入りすると、まずは「投げ」を連発してしまう。その典型だった。
それでも持ち前の運動神経で、序ノ口デビューから4場所連続で勝ち越し。1年もたたずに三段目まで上がった。
順調な出世だが、この4場所で挙げた17勝のうち、投げ技と足技が8勝を占めた。
自己流の相撲は、いつか壁に当たる。膝のケガもあり、17歳で初めて全休も経験した。
そんな時、師匠の松ケ根親方(元大関若嶋津)から言われた。
「もろ差しを狙ってみたらどうだ」
師匠は稽古場で多くを語らない。「前に出ろ」とは、口酸っぱく言われた。そんな中、低さ、出足のスピード、体の柔軟性などを見て、もろ差しへの適性を見いだしてくれた。
四股、すり足、テッポウ。基礎は大事にやった。
18歳の時、2人の親方が移籍してきた。元玉乃島の放駒親方と、元玉力道の二所ノ関親方(現在は松ケ根親方)が、指導に加わった。
元玉乃島は稽古場でまわしを締めて胸を出してくれた。もろ差しを得意としていた元玉力道は、分かりやすく技術を教えてくれた。
ターニングポイント
20歳で初めて幕下に昇進。1場所で三段目に落ちたが、「僕のターニングポイントです」という成長期がやってくる。
2017年春場所前、稽古場でのことだった。
元玉力道の親方から、立ち合いの手つきと尻の位置を変えるように助言された。
右手を先につき、左手をついて立ち合う。この左右の順番を逆にした。
「『右を差したいなら、左を先につく。ケツはもうちょっと上げろ。これで行くんだよ』って言われました。これが稽古場でめっちゃはまったんですよ。
立ち合いのちょっとしたことなんです。これがきっかけで、番付がばばばばって、上がっていくんですよ」
春場所は西三段目2枚目で6勝1敗、夏場所は東幕下29枚目で6勝1敗。急に勝てるようになった。
元玉力道の松ケ根親方は、当時のことをよく覚えている。
「もろ差しの相撲を取っていましたが、腰を深々と割って、そこから立ち合う感じでした。島津海は瞬発的にスパーンと入る感じだったので、腰を深々と割らないで、割ったところから、お尻を5センチくらい上げて、立ち合いから一発でもっていく感じでいけばいいと。
左をしっかりついて、右を下ろす時には立ち合いが始まっている。勢いをつける。左はちゃんとついて、右をつくときは、体が半分起きているような、右をこする勢いでいけば右は差しやすいよと。根が素直なので、言ったことを一生懸命やるんです」
2場所連続で6勝を挙げ、いよいよ関取の座が近づいた。
2017年名古屋場所は、西幕下11枚目。自己最高位だった。
幕下15枚目以内なら、1場所で十両に上がれる可能性が出てくる。東西合わせて30人の「幕下上位」は、全力士が神経をとぎすませ、人生をかけた戦いに集中してくる。
この時、部屋の関取は松鳳山だけ。次の関取候補が育ってきたことで、師匠は上機嫌だった。
名古屋場所の宿舎は、仏地院(ぶっちいん)。初代横綱若乃花の二子山部屋が宿舎にしてから、二所ノ関一門が受け継いできた伝統ある稽古場でもある。
師匠は後援者が訪れると、「中園が幕下上位なんですよ」と話している声が聞こえてくる。期待してくれたことが、うれしかった。
だが、その気合が空回りした。
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1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。
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