【イチロー大相撲〈16〉】琴剣さんが亡くなって3年 妻・宮田鈴代さんの思い

3月26日は、琴剣さんの命日。2021年に亡くなってから丸3年になる。

元力士の相撲漫画家として知られ、力士や親方衆からも愛された。

命日を前に、妻の宮田鈴代さんに琴剣さんの人生を振り返ってもらった。今も悲しみは残るものの、玉鷲の言動で救われたという。

大相撲

◆琴剣淳弥(ことつるぎ・じゅんや) 本名・宮田登。1960年(昭和35年)7月6日生まれ、福岡県出身。15歳で佐渡ケ嶽部屋に入門し、最高位は三段目46枚目。現役中からイラストの才能を発揮。日刊スポーツに連載を掲載していた。両国国技館には、オリジナルグッズを売る専用売店がある。2021年3月26日、60歳で死去。

マツコ・デラックスの横で、琴剣さんの妻・鈴代さんは泣いていた。マツコは「いいのよ、泣いたって」と言い、戸惑うことなく寄り添った。

2023年11月28日、東京・赤坂のTBSで、「マツコの知らない世界」の収録が行われた。テーマは「マツコの知らない相撲メシの世界」(2024年1月3日放送)。2時間半以上に及ぶ収録が終わった後、スタッフが、現場に立ち会っていた鈴代さんとマツコとの記念撮影を促した。

鈴代さんは、涙の理由をこう明かす。

「(琴剣さんが)なんでそこにいないのかなっていう思いでしたね。いたら、どういうふうになっていたのかな。そういう思いでしたね」

「相撲メシの世界」は、2017年に琴剣さんの企画として、第1回が放送されていた。

好評だったため、数年前に第2回が企画されたが、角界の不祥事によって中止になった。

そして今回。私はプレゼンターとしてTBSからオファーをいただいた。スタッフから「琴剣さんの意志を引き継いでやる回なんです」と説明を受けた。琴剣さんと同じようにはできなかったが、準備から収録までやりきるにあたり、「琴剣さんの意志を継ぐ」という思いが強いモチベーションになった。

琴剣さんには世話になった。国技館の琴剣さんの売店の前でよく話をした。記事を褒めてくれた。私がイラストを描く連載を受け持っていたこともあり、消しゴムの使い方を教えてもらうこともあった。毎年、年賀状をやりとりし、カレンダーを贈ってくれた。

琴剣さんがこの世を去って、3年になる。

琴剣さん(宮田鈴代さん提供)

琴剣さん(宮田鈴代さん提供)

鈴代さんに、あらためて話をうかがった。

あれから3年、どういう時間でしたか。

「一緒にいて、楽しい人でした。だから、今は娘や孫と一緒にいますし、友達と会ったりもするんですけど、『心から私、笑ってるのかな?』と思う時もあり、そういう部分ではちょっとまだ抜けきれなくって、さみしいです。本当に、ただただ、さみしいですね」

正直な告白だった。

琴剣さんのイラストが描かれているマグネット

琴剣さんのイラストが描かれているマグネット

琴剣さんが亡くなった直後から、鈴代さんは大相撲を見る気が起きなくなった。それでも、東京で本場所がある期間は、国技館に行かざるを得ない。琴剣さんのグッズ売店は今、鈴代さんが店頭に立っている。

人気の商品は、現役力士のイラストが入った品々だ。

売っているのは、琴剣さんが生前、作品として残せた力士の商品のみ。

「お客さんには、『なんでこの人の(商品が)がないの』と言われることがあります。(関取の)入れ替わりが激しくなって、若い力士が増えてくると、仕事の面ではちょっとさみしくなりますね。

霧島や豊昇龍の商品も販売させてもらっていますけど、今より線が細いですもん。線が細かったお相撲さんもだんだん筋肉がついて、お相撲さんらしくなっていきます。そういう力士を描けていないんです。主人は、照ノ富士が大関に戻ったことも知らずに逝ったんですよ」

それでも、この売店を大事に守っている。

この売店は、琴剣さんの「夢」だったから。

現役時代の琴剣さん(右)と琴天太(1985年11月13日撮影)

現役時代の琴剣さん(右)と琴天太(1985年11月13日撮影)

2人の出会いは、鈴代さんが16歳の時。当時から大相撲が好きだった。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。