【イチロー大相撲〈13〉】島津海〈上〉誇る記録はない、信念がある 種子島を出て12年の軌跡
鹿児島の種子島出身、島津海(しまづうみ、27=放駒)は15歳で入門してから、約12年かけて幕内力士となった。
各段優勝の経験はなく、関取になってから2年たつが2ケタ勝利もない。
この実績が示す意味は何か。.
身長175センチの小兵は、いかに耐え、工夫して生き抜いてきたのか。
たたき上げの相撲人生に迫った。
大相撲
敢闘賞ならず
つい気になって、スマホを取り出した。
初場所の三賞は誰に決まったのか。自分は候補に挙がっているのか-。
X(旧ツイッター)のアプリで検索し、画面を何度もスライドさせるが情報は出てこない。
幕内力士として初めての千秋楽を迎えた島津海は、本場所入りするタクシーの中で落ち着かなかった。
東京都足立区六町の放駒部屋から、正午ごろにタクシーに乗り込む。
体重161キロの島津海が、付け人ともに乗車すると、車体がグッと沈み込んだ。部屋に近い加平インターから高速に乗る。首都高速都心環状線を通れば、20分程度で国技館に着く。
欲しかった情報は得られないまま、国技館の南門を入った。力士は全員、ここでスマホを預け、外部からの情報を断つ。
「でもまあ、勝てば多分、そうだろうな…」
2024年初場所14日目を終え、9勝5敗。新入幕力士が2ケタ勝利を挙げれば、敢闘賞を受賞するケースが多い。島津海は期待しつつ、東の支度部屋に入った。
午後0時45分ごろ、国技館の2階会議室で、三賞選考委員会が始まった。
審判部長の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴乃若)が、候補者を挙げていく。
「技能賞に琴ノ若。相撲のうまさ、おっつけ。優勝した場合の琴ノ若の殊勲賞。条件なしの殊勲賞に若元春。敢闘賞に大の里。(千秋楽で)勝った場合の島津海」
最後の最後、島津海は敢闘賞候補として呼び上げられた。「勝った場合の」条件が付き、選考委員による満場一致で決定した。
NHKやネットニュースで情報が駆け巡る。
あとから場所入りした力士を通じて知ることもある。
しかし、取組に向けて集中力を高め始めていた島津海には、付け人も周囲の力士たちも情報を入れなかった。
千秋楽の対戦相手は、明生。関脇経験のある実力者。左四つ。初顔合わせ。
果たして取組は、思うようにいかなかった。
得意のもろ差しを警戒されて、突き放された。中に入れない。足がそろったところで、突き落とされた。
一歩ずつの相撲人生
三賞を受賞していれば、賞金200万円が手に入るはずだった。
意識して硬くなったのか?
島津海は迷うことなく「それはないです」と否定し、こう続けた。
「敢闘賞を逃したっていうより、また2ケタに届かなかった。そっちの方が悔しくて…。だって今回、早く勝ち越して、2番チャンスがあったじゃないですか。それをまたものにできなかっていうのは、悔しかった。
目標にはしていたんです、2ケタ勝利を。(関取に)上がってから1回もないですし。
各段優勝もないし、2ケタ勝利もない」
字面にすると悲観的だが、島津海は明るく言った。
初場所の時点で、力士は599人。幕内力士の定員は42人。上位7%の強者による狭き門だ。
その42人の中で唯一、島津海だけは、十両以上の関取になってから2ケタ勝利がない(初場所番付時)。序ノ口、序二段、三段目、幕下、十両-。幕内に上がる実力者は、ほとんどが各段のどこかで優勝している。
それもない。大勝ちがないまま、幕内まで来た。
これまで12年間、1歩1歩、コツコツと番付社会を歩んできたことの証明でもあった。
「誇れる記録じゃないんですし、悔しいんですけど…。なんて言うんですか、多分、僕の考えでは、もっといいところでドカンってくる気がするんですよ。各段(優勝)もないし、2ケタもないから。
僕、12年間、不戦勝も1回もないんですよ。だから絶対、もうちょっとコツコツ頑張っていれば、ポンってくる。絶対来ると思って、僕はそれを信じて頑張ってるんですよ」
島津海は信念の力士でもある。
身長175センチ。幕内の平均身長は185センチ前後。175センチ以下は、5人しかいない。
小兵の平幕ゆえ、立ち合いで変化しても非難されないだろうが、島津海には考えがある。
変化はもう絶対にしない-。
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1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。
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