【スクール☆ウォーズのそれから】京都工学院が8年ぶりに宿敵撃破~新伝説の始まり
高校ラグビーの名門・伏見工業の流れをくむ京都工学院が、復活への確かな手応えをつかんだ。京都ラグビー祭(5月26日、たけびしスタジアム)で宿敵・京都成章と対戦し59-8で快勝。久しぶりの歓喜だった。花園出場へ、全国制覇へ-。伝統のジャージーをまとった選手は男泣きした。(敬称略)
ラグビー
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復活への一歩
流した嬉し涙
◆京都ラグビー祭、高校総体Aリーグ最終節〈京都工学院〉59-8〈京都成章〉
おそらくそれは、新たな歴史への第1歩となる試合だった。
こんなに大差になろうとは、誰が予想しただろう。
重ねたトライは計9つ。
京都工学院の選手たちは、最後まで手を緩めることはなかった。
今までの鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、ひたむきにタックルを繰り返し、走り、ボールを前へ運んだ。
ノーサイドの笛が響く。
競技場に響く歓声とため息。そして伝統の赤と黒のジャージーをまとった選手たちが、久しぶりに見せた力強さに拍手が送られた。
メインスタンド下にあるロッカールームへと選手が引きあげてくる。
彼らは泣いていた。
それは、これまで何度も流してきた悔し涙ではなかった。
うれしくて流す涙だった。
冬の花園にたどり着いたのは2015年度が最後。まだ「伏見工業」の時代である。
監督の大島淳史は、努めて冷静に振る舞いつつ、それでもどこか興奮している様子だった。
「成章さんに勝たせてもらったのは久しぶりです。
確か奥村翔がキャプテンで、この京都ラグビー祭で勝って以来だと、そう思います。
今年の3年生は27人いる。試合に出られない3年生も腐らず、一生懸命にやってくれている。
彼らが頑張ってくれたから、勝つことができた」
何人かの番記者に囲まれてそう話すと、客席で声をからして応援を続けた3年生の部員を見つめた。
奥村とはリーグワン・静岡ブルーレヴズに所属する選手。日本代表のトレーニングスコッドにも呼ばれている。
ライバル対決を制するのは彼が高校3年だった時以来、実に8年ぶりのことであった。
「ジャパンになれる」と期待する選手がいる。
身長165センチで黙々とタックルを繰り返す選手がいる。
彼らはみな、真剣なまなざしでこう言った。
「俺たちは全国制覇を目指しています」-
しばらく、花園の地を踏んでいないのに…。
伏見工業が最後に日本一になったのは2005年度。
今の高校3年生が生まれる年、その正月明けのことである。
取材を通じて、分かったことがある。
伝説は受け継がれている。
だから、彼らは真剣に言うのだ。
この物語は、彼らがこれから築いていくであろう「伝説の続き」を描く。
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茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。