【スクール☆ウオーズのそれから/1】京都一のワル 病に倒れてなお、教えたいこと
物語は終わりに近づいている。かつて“京都一のワル”と恐れられた山本清悟は、伏見工業時代の恩師である山口良治に教職から退くことを告げた。内臓を患い、今年だけで2度の手術を受けていた。「伏見工業伝説」(文芸春秋)を執筆した記者が描く「スクール☆ウォーズ」のそれから。
ラグビー
〈奈良朱雀・商工ラグビー部顧問 山本清悟編〉
▼「伏見工業伝説」執筆の記者がおくるスクール☆ウォーズ伝説▼
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頭からタックル、脳裏に蘇るイソップ「僕の1つ下にも…」
東に桜の名所で知られる吉野山を望む球技場には、深い霧が立ちこめた。
激しい雨は次第に弱まり、後半に入るとぽつりとやんだ。
全国高校ラグビーの奈良県予選。奈良朱雀・商工は、11月13日にあった初戦で全国的にも強豪の御所実業とぶつかった。
前半を0-27で折り返す。後半早々にトライを奪われると、次のキックオフから50メートルを走られた。
スクラムはめくられ、キックをすれば、拾われてカウンターにあった。
ただ、どんなに点差が開いても身を投げ出し、頭からタックルに入る生徒がいた。
抜かれても、諦めずにゴールラインまで追いかけていく。
誰よりも体は小さい。
まるで、ドラマに登場するイソップのようだった。
「あいつは2年ですわ。
入学してきた時に、女の子が食べるような弁当箱を持ってきてね。
ほんまに小さかった。
なかなか大きくなれないんですわ」
山本はそう言うと、「ああ、そう。僕の1つ下にもいましたね」とつぶやいた。
イソップは実在する。
山本が伏見工業に入学した1年後に、奥井浩はラグビー部に入ってきた。
身長は140センチに満たず、体重は30キロほど。
小学校の中学年くらいの体つきをした小さな少年だった。
今から45年も前のことである。
ドラマでも描かれた光景が、時を超えて奈良の山奥にある霧の濃いグラウンドで交差する。
「ひたむきにやること。それが、人の胸を打つんやで」
ついに、御所実業との得点差は60点を超えた。
「負けんな! 負けんなって!」
どんなに点差が開いても1人、また1人…。すさまじい勢いで、タックルに入る。
その度に、応援席が沸いた。
残り時間は5分あまり。
奈良朱雀は相手陣、ゴールラインまで約10メートルの位置へ攻め込んだ。
せめて1本のトライが欲しかった。
しかし、ミスから相手にボールを渡すと逆襲にあう。ついにはモールを20メートルも押され、飛び込まれた。
直後にノーサイドの笛が鳴った。
0-73
花園は遠い。
山本が赴任してからも、1度もたどり着いたことがない。
最後と決めた今年もまた、届かなかった。
「これだけの人が集まってくれたやないですか。
応援に来てくれる人を、感動させなアカンでと、そう言うとるんです。
人の心を動かす。感動させるということは、ひたむきにやることなんやで。
それが、人の胸を打つんやで。
そう教えているんです」
試合が終わり、あいさつを済ませると、1人の部員が倒れ込んだ。
おえつを漏らしながら泣いていた。
山本が肩を貸して、立ち上がらせようとする。
それでも立ち上がることができない。
2人は一緒になって、ぬれた芝に崩れるように倒れた。
限界を超えてもなお走り、転んではタックルを繰り返し、過呼吸のような症状になっていた。
「よう頑張った、ほんまによう頑張った」
そう声をかける。
花園には届かなくても、教えは生徒に伝わっている。
「僕はおにぎり1つで変われた単純な人間です」
今年の春のことだった。
伏見工業の恩師である山口(写真)に会った際、山本はこう告げた。
「そろそろ、教師を辞めようと思っているんです」
背中を追って、同じ道を歩んできた。
本文残り53% (2047文字/3899文字)
茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。
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