【朝乃山を追う:2025年2月〈下〉】「これがラストチャンス」春場所は出場か否か

昨年7月の大相撲名古屋場所で、左膝に大けがを負った大関経験者の朝乃山(30=高砂)が、1月の初場所を全休しました。同9月の秋場所から、3場所連続の全休。それでも2月8日に相撲を取る稽古を再開しました。

昨年7月17日の名古屋場所4日目、一山本戦に敗れた際に左膝前十字靱帯(じんたい)断裂などの大けがに見舞われて以来、206日ぶりの相撲でした。

初場所後には部屋が移転。入門以来、過ごしてきた故人の先代高砂親方(元大関朝潮)が設立した部屋を離れました。春場所(3月9日初日、エディオンアリーナ大阪)出場に向けた、昨年12月からの足跡を上、下2回で紹介します。「上」は、相撲を取る稽古を再開した、2月8日の様子を詳報しています。

大相撲

今は地元には帰れない

2024年12月27日 移転する前の高砂部屋で

昨年末の12月27日、移転する前の部屋の玄関で、写真を撮影した。初代から6代目までの歴代高砂親方の写真を背に、朝乃山に腕組みなどのポーズを取ってもらった。入門時の師匠で、23年11月に亡くなった7代目高砂親方(元大関朝潮)が設立した、東京・墨田区本所の部屋で、近大卒業後から約9年間過ごした。

部屋移転前の昨年末、7代目の先代師匠が設立した旧高砂部屋に掲げられている、6代目までの歴代高砂親方の写真を背に腕組みして意気込む朝乃山

部屋移転前の昨年末、7代目の先代師匠が設立した旧高砂部屋に掲げられている、6代目までの歴代高砂親方の写真を背に腕組みして意気込む朝乃山

朝乃山師匠は近大の大先輩でもありましたし、その親方の下で稽古をしてきました。いい時もあったし、悪い時もあった。いろいろありました。人生「山あり谷あり」ですね(苦笑)。

大関まで駆け上がったのも、コロナ禍のガイドライン違反で6場所の出場停止処分を受けたのも、先代が設立した部屋に在籍した間の出来事だった。そして今回の大けがを負ったのも。三段目最下位格付け出しで初土俵を踏み、大関まで駆け上がった番付を再び三段目まで落とした。そこから昨年夏場所で小結まで戻しながら、3度目の三段目になる。皆勤が3月の春場所だけにとどまった、昨年末のインタビューの主な一問一答は以下の通りだった。

―今はどんな生活

朝乃山今は散歩はお休みしているので、時間があれば地下(トレーニング室)に行って、トレーニングで体を動かして。下半身も動かせるようになってきましたので。下半身の筋トレとか。

―年末年始で楽しみにしていることは

朝乃山ないですよ。(地元に)帰れないので。今の自分の立ち位置では帰れないですよ。休場しているのに帰ったら「何で帰ってくるんだ」と思われるので。

―次に帰るのは関取に戻ってから

朝乃山そうですね。その気持ちです。関取に復活しないと、後援会も活動できないので。

―(少し時間を気にするそぶりで)この後、何か予定がありそうな感じですか

朝乃山歯医者さんに。

―虫歯ですか

朝乃山いや、この前、しみていて。前は月に1回、クリーニングに行っていて。それをサボって。去年の9月以来、行っていなくて。

―「しみる」というのは

朝乃山この前、かんだらしみたので。「寝ている時のマウスピースを作りましょうか」と言われて。知らない時に歯を食いしばっているみたいで。やっぱり、相撲を取っている時も歯を食いしばっているので。その影響で「ちょっと歯が欠けている」と言われて。

―相撲を取る時用のマウスピースもあるんですか

朝乃山前は着けていたんですけど、今は着けていなくて。

―寝ている時用のマウスピースをこれから

朝乃山そうですね。寝ている時だけなので。

―体が大きくなったような

朝乃山若い子にも「上半身が大きくなったですね」と言われるんですよね。

―体重は

朝乃山変わらないです。

―1度、体重が落ちたと言っていましたが

朝乃山あっ、入院している時にですね。

―入院している時の体重と変わらないのか、入院前の元の体重と変わらないのか

朝乃山たぶん戻したんじゃないですか。この前(初場所の)番付発表前には171キロぐらいでしたけど、汗かいて、メシ食って168キロぐらいじゃないですか。場所に出ていないので太ることも。年齢もあるので、そんなに太れないと思うので。

―食べる量も減ってきた

朝乃山いや、食は変わらないです。なんか太れないです。

―左膝は順調は順調

朝乃山順調は順調です。今年は、あと2日ですけど、稽古が。相撲は取れないので来年から。3月ですけど。まあ、取ってみた感じで、もしかしたら伸びる可能性はありますし。

―復帰が5月の夏場所に

朝乃山そうですね。

―相撲を取る目安は

朝乃山来年の引っ越しが終わってから。それから1カ月で仕上げるか。

―2月に入って

朝乃山そうです。

―新しい部屋で相撲を取る

朝乃山そうです。1カ月あれば。ちょっとでも感覚は良くなるんじゃないですか。

―痛みはない

朝乃山いや、まだちょっとはあるんですけど。テーピングをしてやれば、まあ、良くはなっていると思うので。

―2024年が終わりますが、今年のご自身を漢字1文字で表すと

朝乃山「泣く」。

―ケガに泣き…

朝乃山番付が落ち、休場し…。暗くなってきますね(笑い)。でも、一番はケガですね。自分の稽古の仕方とかもありますけど。人生の中で最大のケガをしたので。「泣」です。「泣く」か「悔しい」です(苦笑)。

言葉とは裏腹に、表情は終始明るかった。新年を前向きに向かえようという思いがにじみ出ていた。

「居場所がなくなっている感じがしている」

2025年2月2日 高砂部屋の部屋開き

全休した初場所千秋楽の翌日から、部屋の引っ越しが始まった。同じ墨田区の石原に移転。両国国技館には5分ほど近づいた。2月2日の部屋開きには、部屋のOBで元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏も駆けつけた。部屋開きの神事の後、早速行われた、ぶつかり稽古後、ダグワドルジ氏に声を懸けられた。

2月2日、高砂部屋の部屋開きに出席した元朝青龍(左)にアドバイスを受けた朝乃山(手前)。右は高砂親方

2月2日、高砂部屋の部屋開きに出席した元朝青龍(左)にアドバイスを受けた朝乃山(手前)。右は高砂親方

朝乃山いや、もう「ケガ大丈夫か」みたいな。で「大丈夫です」と言ったら「しっかり頑張れよ。応援しているからな」と。そういう感じです。言っちゃったじゃないですか(笑い)。

実は、部屋開き当日、報道陣に囲まれた際に、ダグワドルジ氏から懸けられた言葉の内容は秘密にしていた。だが「部屋の大横綱ですし。入った時には、もう引退されていましたけど、そうやって気にかけてくださるのは、うれしいです。オーラがあったっす。すごかったです」と、自分を気に懸けてくれていることがうれしく、後日、思わず漏らしていた。

それでも部屋開きの後も、復活に懸ける思いの強さをのぞかせていた。そこでの主な一問一答は以下の通り。

―新たな部屋に移った今の気持ちは

朝乃山師匠が立派な部屋を建ててくださった。僕はケガして番付が下がっているので、心機一転で、この部屋でまた頑張っていきたいですし、番付をまた戻していきたいです。

―ケガの方は

朝乃山ケガの具合は、順調に回復しています。完全ではないですけど、最初のころに比べると医師の方からも「順調に回復している」と言われていますので。来週ぐらいから実戦を開始して。実戦的な稽古がまだできていないので。実戦稽古をして、3月場所復帰に向けてやっていきたいですね。

2月2日、高砂部屋の部屋開きに出席した元朝青龍(後方前列左端)が見つめる中、ぶつかり稽古で胸を出した朝乃山(手前右)

2月2日、高砂部屋の部屋開きに出席した元朝青龍(後方前列左端)が見つめる中、ぶつかり稽古で胸を出した朝乃山(手前右)

―3月は出られそうですか

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1999年入社。スポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。26年4月に文化社会部へ。