炎鵬の覚悟を知った日 「もう、やめた方がいい」と親友の輝が引退を勧めた日

元幕内力士の炎鵬(30=伊勢ケ濱)が、関取復帰を目前にしています。首の大けがを負い、2023年名古屋場所から6場所連続で全休。再起不能とも思われた状態から、這い上がってきました。

親友の輝(30=高田川)は一時、引退を勧めました。その時、炎鵬からは覚悟を示されました。

大相撲

◆輝大士(かがやき・たいし)本名・達綾哉(たつ・りょうや)。1994年6月1日生まれ、石川県七尾市出身。小1から相撲を始め、金沢市立西南部中卒業後に高田川部屋に入門。2010年春場所初土俵、2014年九州場所新十両、2016年初場所新入幕。最高位は東前頭3枚目。192センチ、172キロ。

◆炎鵬友哉(えんほう・ゆうや)本名・中村友哉(なかむら・ゆうや)。1994年10月18日生まれ、金沢市出身。5歳の時に相撲を始め、金沢市立大徳小、西南部中、金沢学院付属高、金沢学院大をへて、宮城野部屋に入門。2017年春場所初土俵、2018年春場所新十両、2019年夏場所新入幕。最高位は東前頭4枚目。三賞は技能賞1回。169センチ、100キロ。

東日本橋の和食店での夜

輝は、炎鵬が口にした決断を忘れない。

その決意は、小学生の時から知る友人としては、容認できないものだった。一方、命を懸けて戦う力士としては、共感できるものだった。

あの日、食事に誘ったのは、輝の方だ。

2023年6月12日。東京・東日本橋の和食店で待ち合わせた。

カウンター8席、テーブル2席のこじんまりとした店で、メニューはすべて手書き。大将とおかみさんが、温かく迎え入れてくれた。

2人は、奥のテーブルに向き合った。

それまで何度も、巡業に出た先で食事を共にしてきた。「綾哉」「友哉」と呼び合う気の置けない間柄。いつもなら、たわいない話をしてきた。

その日は、違った。炎鵬は、首にコルセットを着けていた。

2019年秋場所6日目 輝(左)を押し出しで破った炎鵬

2019年秋場所6日目 輝(左)を押し出しで破った炎鵬

輝は、なぜ食事に誘ったのか。当時をこう振り返る。

「向こう(炎鵬)の意思を確認したいのと、オレとしてはこう思っているってことを伝えに行きました」

炎鵬は2023年5月の夏場所で初日から9連敗の後、10日目から休場。提出された診断書には「頸部椎間板ヘルニアで約3カ月の加療を要す」と書かれていた。

だが、3カ月程度ではすまないことは、のちに判明していった。診断名は「脊髄損傷」となり、医師からは引退勧告を受けていた。力士生命どころか、人生に影響する首の大けがだった。

炎鵬から、経過をLINEなどで伝え聞いていた輝は、相当ひどいケガであることを察知していた。

「もう、やめた方がいい」

食事をしながら、輝は思いを伝えた。はっきり言った。

「次も(ケガを)やったら、どうなるんだ」

友人として、当然の意見だった。

目の前の炎鵬は、まだコルセットに慣れていなかった。食べにくそうにしていた。

すると、炎鵬は迷わずに言った。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。