【春場所こぼれ話 8日目~千秋楽】実況も惑わせた宇良 北陣親方は何を読んでいる?

大相撲春場所は、関脇霧島の優勝で幕を閉じました。

当欄では、取材の裏側などを「こぼれ話」としてお伝えします。

後編は中日8日目から千秋楽です。

大相撲

「兄弟子が下痢で…」

8日目

大国町方面からエディオンアリーナへ歩いて行くと、前からほぼ手ぶらの力士が歩いてくる。「どうしたの?」と聞くと「兄弟子が下痢で、薬局を探しています。ストッパないですかね」。まだ午前9時前なので、空いている薬局はなく、私が歩いてきた方向に薬局がないことも伝えた。「なんばで探すしかないですかね…」と困っていたので、私が持っていた薬をあげた。私はお腹をくだしやすいので、常に持ち歩いている。思わぬ形で役に立って良かった。

若元春は中日に初白星を挙げたが、自分の形でないため満足しなかった

若元春は中日に初白星を挙げたが、自分の形でないため満足しなかった

若元春関が連敗を7で止め、今場所初白星。得意の左四つにはなれなかったが、7連敗が止まったのだからよしとしているだろうと想像して話を聞きにいった。ところが、全然喜んでいなかった。「内容的にはぐちゃぐちゃだったので、褒められる相撲じゃない」。初勝利にも「特に考えてない。左四つの型があるので、それにこだわって取りたい」などと話すばかり。左四つ職人は、どこまでも左四つ職人だった。

安青錦は中日の取組後、自分らしさを取り戻そうとしていた

安青錦は中日の取組後、自分らしさを取り戻そうとしていた

安青錦関が5敗目を喫したが、話を聞きに行った。前日まで2日間、取材に応じていなかったが、この日は話してくれるのではないかと直感した。すると、さっぱりした表情で話し始めた。ひとしきり話し終えた後、個人的に「なんで今日は応じてくれたんですか?」と聞くと「オレらしくないかなと思って」と、少し照れたように言った。どうにか前向きに流れを変えようとしている様子が伝わってきた。

結婚式を挙げ、会見を開いた若島津とみづえさん(1985年9月27日撮影)

結婚式を挙げ、会見を開いた若島津とみづえさん(1985年9月27日撮影)

夕方、訃報が入った。元大関若嶋津の日高六男さんが亡くなった。

親方にはお世話になった。先輩記者が現役時代から親しくしていたこともあり、東京での本場所中はいつも「今場所は何日目に来るんだ?」と声をかけていただき、夜のちゃんこをごちそうになった。マネージャーの青菜さんが作るちゃんこが、これまたおいしい。今も、大鍋で作ったカレー風味のマーボー豆腐が忘れられない。親方は飲ませるのがうまいので、帰路はいつも酔ってしまって大変だった。JR船橋法典駅から武蔵野線に乗って帰るのだが、つい寝てしまって乗り過ごし、何往復もしてしまうことが良くあった。

島津海関はこの日から締め込みを替えていた。先代と同じ色の「若嶋津グリーン」だ。後日分かったことだが、島津海関は取組後に訃報を知らされた。虫の知らせとはこういうことを言うのだろうか。

勘太夫の装束

9日目

私は休みだが、前日に出稿していた記事が公開となった。

三役格行司の式守勘太夫さんの装束についての記事だ。この装束は気になっていた人も多く、反響をいただいた。装束も気にしながら中継を見ている人が少なくないことを、あらためて実感する。記事にしたことで、勘太夫さんにも友人らから連絡が多くあったそうだ。

宇良の決まり手は?

10日目

8日目の宇良の「下手投げ」について、決まり手係の甲山親方(元幕内大碇)にあらためて聞いた。下手投げが妥当だと思うが、宇良っぽい反りの要素も入っている。

宇良は土俵際の下手投げで狼雅を下した(撮影・西尾就之)

宇良は土俵際の下手投げで狼雅を下した(撮影・西尾就之)

NHKの実況では「反った~、居反りを決めました宇良」「宇良の反り技が出ました」だった。決まり手の発表があると「右から下手投げ、左から首ひねりにいっている。背筋を使って反り技」と複合的要素があったことをフォローしていた。ABEMAの実況では「すくい投げ。宇良の勝ち。右からすくいました宇良」だった。

NHKもABEMAも瞬時には判断できなかった宇良の技。それほどダイナミックだった。

宇良(左)は下手投げで狼雅を破る(撮影・宮崎幸一)

宇良(左)は下手投げで狼雅を破る(撮影・宮崎幸一)

ベネズエラ打線

11日目

旭富士さんの連勝は続いている。対戦した朝前進さんは、一発何かやってくれそうな気がしていた。その通り、立ち合いで変化した。負けてしまったが、「ワンチャンあるんじゃないかと思っていきました」。コメントの切れ味は相変わらずで、旭富士さんのことを「ベネズエラ打線みたいでした」と表現していた。独特の感性は健在。この日は、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝。日本がベネズエラに打ち負けた直後だった。

旭富士に寄り切られた朝前進は、相手の強さをたたえた(撮影・上田博志)

旭富士に寄り切られた朝前進は、相手の強さをたたえた(撮影・上田博志)

打ち出し後、観戦に来ていた大村崑さんに話を聞いた。面識がなかったので、95歳の大先輩記者、杉山邦博さんにそれとなく聞いてみた。2人は懇意にしており「崑さんは、横審委員になりたがってるんだよ。これを聞いてみたらどう?」とヒントをくれた。

春場所11日目、観戦に訪れた大村崑

春場所11日目、観戦に訪れた大村崑

関西大から100人の応援団が来た。来日当初、関西大相撲部で練習していた安青錦関と縁があるためだ。

本来なら、綱とり大詰めのタイミングだったのかもしれない。だが、彼らはそんながっかり感は少しも見せず、真摯に取材に応じてくれた。打ち出し後、取材対応してくれたのは、相撲部の山中コーチ、ウクライナからの留学生、大学の理事長、校友会会長の4人。一生懸命応援し、大関に挨拶させたり、会ったりせず、そっとそのまま帰っていった。押しつけがましくないスマートさだった。

北陣親方は何を読んでいる?

12日目

中村親方が44歳誕生日。力士たちから「PELLE MORBIDA」のセカンドバッグを贈られたそうだ。ここから先はこぼれ話。「4、5日前、先にプレゼントを発見しちゃったんです。ブランドの箱が部屋に届いていて、見たらPELLE MORBIDA。名前を見たら(東京でリハビリ中の)宮乃風からでした。見て見ぬふりをして、友風から受け取りました」。これもまたやさしさだが、去年もまったく同じことがあったそうだ。

44歳の誕生日を迎えた中村親方(元関脇嘉風)

44歳の誕生日を迎えた中村親方(元関脇嘉風)

ちなみに1月末に上腕三頭筋の腱(けん)の手術を受けた宮乃風さんは、5月の夏場所から出場予定とのこと。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。