【嘉陽 新入幕会見全文】食事は3度、稽古は2部制、国技館に一番近い部屋から新風を

日本相撲協会は4月28日、夏場所(5月11日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表し、嘉陽(25=中村)が新入幕を果たしました。

先場所は東十両2枚目で9勝6敗。沖縄県出身としては6人目、元関脇嘉風の中村親方が昨年6月に中村部屋を創設して以降、初の新入幕となりました。午前はトレーニング中心、午後に相撲を取るという稽古の2部制を導入するなど、独自路線を歩む中村部屋。新たな1歩を刻みました。

師匠と同じ日体大出身としても、昨年九州場所の朝紅龍以来、13人目でした。師匠も同席し、東京・両国国技館で行われた、新入幕会見の全一問一答を紹介します。

大相撲

新入幕会見で師匠の中村親方(右)とともに笑顔を見せる嘉陽

新入幕会見で師匠の中村親方(右)とともに笑顔を見せる嘉陽

引き技も思い切り

―嘉陽関、新入幕おめでとうございます。

嘉陽ありがとうございます。

―今、どんなお気持ちですか

嘉陽まあ、まあ、上がれてうれしいなというところです。

―番付はご覧になりましたか

嘉陽あ、はい。さっき見ました。自分の名前が、ちょっと大きくなったので、うれしかったです。

入門当時の嘉陽(2022年5月18日撮影)

入門当時の嘉陽(2022年5月18日撮影)

―ここまでの道のりを振り返ってどうですか

嘉陽ま、ま…。ケガもなく、順調にここまで来れたのかなと思います。

―沖縄出身力士としては6人目。両親の出身地を、ふるさとにされていますけど、新入幕ということで、早速、朝からご連絡などはありましたか

嘉陽あ、まあ、そうっすね。家族から連絡がたくさん来ていたので。(午前10時現在で)まだ何も返していませんけど。

―どのような

嘉陽「おめでとう」って来ていて。

―お気持ちとしては、うれしかったですか

嘉陽あ、まあ、うれしかったですね。

―22年夏場所で三段目付け出しの初土俵から丸3年で新入幕。ここまで、どんな力がついてきたとお思いですか

嘉陽ふっ、どんな力ですか(困惑気味に笑う)。まあ、思い切りのいい相撲を取れるようになったかなと思います。

―それはどのあたりから

嘉陽まあ、まあ、前に出て行く思い切りもあったり。あの、えーっと、まあ、いなしたり、引いたりも、思い切ってやることができたので、勝てた相撲も多かったのかなと思います。

―中村部屋が昨年6月に新設されてから、初めての新入幕力士となりました。中村部屋での教えも、幕内昇進につながりましたか

嘉陽そうっすね。2部制の稽古にして、食事を取るのも増えて、体が一回りぐらい大きくなったので、それも上がった要因なのかなと思います。

―師匠からは何か言葉は掛けられていましたか

嘉陽まあ「たくさん食べろ」と、日ごろから言われているので。

―体重も増えてきましたか

嘉陽大きくなってますね、体は。10キロ、15キロぐらいは、去年より太っています。

―体を大きくするための部屋としての新たな取り組みが、さまざまあると思いますが、どういったことが実っているのでしょうか

嘉陽自分は、ついていくので精いっぱいなので。どういったことというと、よく分からないんですけど。親方に聞いてください。

―昨年の九州場所から、幕内に近い番付にいました。先場所は9日目から6連勝。何かよかったこと、感じたことなどはあったのでしょうか

嘉陽まあ、勝った相撲も、負けた相撲も、場所中に親方と毎日、話し合って、次の相撲の準備を手伝ってくださったので、それが勝ちにつながったのかなと思います。

―親方のアドバイスが大きかったですか

嘉陽そうですね、はい。

―具体的にはどんな言葉を

嘉陽ホント、思いっき…。

(中村親方が嘉陽に何かを耳打ち)

嘉陽はははっ、言えないっすね(笑い)。

師匠からの耳打ち指令

―分かりました。では親方にもお話を。中村部屋新設してから初めての新入幕力士が誕生しましたが、今はどのようなお気持ちですか

中村親方(以下、師匠)うーん…。なんっすかね、まあ、うれしいんですかね。ちょっと…。あんまり、特別な感情はないですけどね。まあ、でも、結果でしか評価されない世界なので、うれしいというよりも、よくやったなと。そういう思いですね、はい。

―師匠から見て、嘉陽関の成長はどこに感じていますか

師匠本人が言ったように、思い切り。あの、単調な相撲も、勝っても負けてもですね。特に負ける時は本当に、あっさり、あの…。という相撲があったんですけど、とにかく思い切っていくということが、できだしたので…。技術的な成長って、そんなにないと思うんですね。もともと持っているものがあったので。それが一番勝負で出せるようになった。その要因として思い切りいけるようになったのが。そういう意味では、気持ちの部分の成長が大きいと思いますね、はい。

―素質の部分も話をされていましたが、嘉陽関にはどのような持ち味がありましたか

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1999年入社。スポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。26年4月に文化社会部へ。