【朝乃山を追う:25年春場所〈上〉】50度の風呂、息抜きの焼き鳥…緊張と弛緩の日々

2024年5月の夏場所から、5場所連続で休場していた大関経験者の朝乃山(31)が、復活の三段目優勝を果たしました。西三段目21枚目で臨んだ春場所を7戦全勝。五番相撲で対戦した元前頭矢後を除く6人とは、いずれも初顔合わせでしたが、実力の違いを見せつけた格好でした。

昨年は夏場所を右膝痛で全休。続く名古屋場所4日目に左膝前十字靱帯(じんたい)断裂などの大けがを負い、日常生活もままならない状態から再起。そんな春場所の戦いぶりと、場所後のインタビューを「上」として、4月6日に故郷の富山市で行われた春巡業に、特別参加した時の様子を「下」として、2回にわたってお伝えします。

大相撲

2月に部屋開きを行った都内の高砂部屋で、稽古後、上がり座敷をほうきで掃く朝乃山

2月に部屋開きを行った都内の高砂部屋で、稽古後、上がり座敷をほうきで掃く朝乃山

かなえたい夢に向かって

朝乃山が、帰ってきた。まだ空席が目立つ春場所初日の昼すぎ。大けがを負った昨年名古屋場所4日目の7月17日以来、235日ぶりに本土俵に立つと、幕内の取組を思わせる大きな拍手に包まれた。しこ名が入ったタオルを広げて「朝乃山!」の歓声も次々と起きた。黒まわしの復帰土俵は立ち合いで右を差すと一直線。天(錣山)に何もさせずに押し出した。「緊張した。半年ぶりで、三段目からなので」と、負けられない重圧から解放されると、ホッとしたように笑った。

天(左)に押し出しで勝利した朝乃山(2025年3月8日撮影)

天(左)に押し出しで勝利した朝乃山(2025年3月8日撮影)

大けがで左膝に施した大きなサポーターは、まだ数場所は外せない見込みだ。その中で初顔合わせの相手が続き「何をしてくるか分からない」と、日々、膝の不安と未知の相手との取組で、精神的に疲弊した。

それでも取組のたびに大きな拍手で迎えられ「うれしかった。力をもらえた」と、背中を押されて連勝街道を走った。六番相撲を終えて三段目の全勝は、近大で同期の朝玉勢と2人。同部屋のため、本割での対戦はなく「ここまで来たら」と、優勝決定戦での初顔合わせを願ったが、朝玉勢が七番相撲で敗れて幻に終わった。一方の朝乃山は、七番相撲も千代大牙を寄り切って快勝し、7戦全勝で三段目優勝を決めた。「ケガなく終えることができてよかった」と話した直後に「まだ通過点」と、表情を一段と引き締めた。

春場所直前に31歳となり「これがラストチャンス」と、背水の陣の決意で臨んでいた。次に大けがをしたら「引退しかない」と考えている。焦りは禁物と思いつつも「残された時間は少ない」と本音も漏らした。1つの取りこぼしもしたくない思いと「引くとけがをする」という、左膝の大けがの経験が、前へ、前へと厳しい攻めに表れていた。

「幕内に戻って長く取りたい。みんなに無理と言われても、また幕内で優勝したい」。かなえたい夢があるから、痛みをこらえながらの厳しいリハビリにも耐えられた。すでに4月上旬に、西幕下14枚目として臨む、夏場所(11日初日、東京・両国国技館)に向けて、相撲を取る稽古を再開。復帰場所を終え、都内の高砂部屋に戻って応じた、春場所を振り返るインタビューでは、随所に笑みがこぼれた。

2月に部屋開きを行った都内の高砂部屋で、稽古後、写真撮影に応じて腕組みする朝乃山

2月に部屋開きを行った都内の高砂部屋で、稽古後、写真撮影に応じて腕組みする朝乃山

「最後にどこにいるかが重要だと思う」

―春場所、久しぶりに本場所復帰。「ケガなく終えることができてよかった」と言っていましたが、その気持ちが一番大きかったのですか

朝乃山そうですね。半年ぶりの本場所だったんで。一番は、本場所の感覚。雰囲気もありますし、結果はどうであれ、自分の中で、半年ぶりに復帰するのであれば、ケガだけは、というのプラス、悪化させたくなかったので。そういった意味では、ケガなく終われたのはよかったです。

―一番相撲は緊張はありましたか

朝乃山あったっすね。相手は関係なく。自分自身に。緊張したっす。

―初土俵の時のような感覚

朝乃山いや、また違いますね。ケガ明けの。せっかく手術して、半年も休んだので。リハビリもやってきたので。で、1つでも間違えたら、というのがあったので。

―そんな時に「おかえり」など、いろいろな声援があって力になりましたか

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1999年入社。スポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。26年4月に文化社会部へ。