【朝乃山を追う:25年夏場所】引退した北勝富士への感謝と恩返し、北磻磨からの刺激

大関経験者の朝乃山(31=高砂)が、西幕下14枚目で臨んだ5月の夏場所を、6勝1敗で終えました。昨年7月の名古屋場所で左膝に大けがを負い、長期離脱から復帰した3月の春場所で三段目優勝。全勝なら十両に昇進する幕下15枚目以内に番付を上げましたが、二番相撲で手痛い黒星を喫しました。早々に関取復帰の可能性は消滅しましたが、三番相撲から5連勝で締めて実力を示しました。

途中、幕内優勝した際に、パレードで旗手を務めてもらった元小結北勝富士(現大山親方)の引退や、38歳のベテラン北磻磨との8年ぶりの対戦などを通じて、さまざまな感情が沸いてきたそうです。そんな胸の内や舞台裏、名古屋場所(7月13日初日、IGアリーナ)への思いなどを語りました。

大相撲

全勝で昇進する意識…

場所前には、当初は予定していなかった出稽古を行った。前十字靱帯(じんたい)断裂などの重傷を負った左膝の回復は順調。4月に出身の富山市で行われた巡業に特別参加した際に、年内の幕内復帰を目標に掲げた。ファンを沸かせただけに、期待に応えようと気力も充実していた。迎えた5月11日、初日の一番相撲。朝乃山は実力を示す快勝を飾った。

東幕下14枚目の千代虎に、1度は突っかけられた。全勝なら十両に昇進する幕下15枚目以内。一瞬でも早く攻めたい相手も気合十分だ。それでも相手は22歳。修羅場の数では比にならない。

千代虎(左)を押し出しで破る朝乃山(2025年5月11日撮影)

千代虎(左)を押し出しで破る朝乃山(2025年5月11日撮影)

2度目の立ち合いでも、朝乃山は落ち着いていた。体当たりから、けんか四つの相手に右を差せなかったが、じりじりと圧力をかけて前進。1度取った左上手は、すぐに切られたが、慌てず、まわしにこだわらず、前に出て押し出した。「前に出て、ケガなく終えることができてよかった」と、大粒の汗をぬぐいながらも、取組後もいたって冷静だった。

両国国技館で本場所に出場するのは、昨年1月28日の初場所千秋楽以来、実に469日ぶりだった。昨年は、5月の夏場所を右膝痛で全休。続く名古屋場所中の大けがと合わせて、5場所連続休場と長期離脱した。復帰して三段目で優勝した今年3月の春場所は大阪市での開催。

「国技館で相撲を取るのは久々だった。先場所、復帰した大阪府立体育会館(エディオンアリーナ大阪)とはまた、1段、2段違う。入って行くの(場所入り)も久々で、その時から声を掛けていただいて力になった」と、感慨深い様子で話した。

一番相撲の取組後、7戦全勝での関取復帰の意識については「ないと言ったらウソになるけど、できるだけ意識しないように。今場所で相撲が終わるわけではないので」と語った。

星勘定にとらわれすぎて、中途半端な相撲を取らないことを肝に銘じている様子だった。久々の両国国技館での取組で高揚感を覚えつつ、ベテランと呼ばれる年齢を迎えた冷静さも失っていなかった。心身の充実ぶりをのぞかせていた。

まさかの黒星

ところが中2日で臨んだ4日目の二番相撲で、落とし穴が待っていた。

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1999年入社。スポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。26年4月に文化社会部へ。