【若碇改め藤ノ川 新入幕会見全文】「しこ名に負けないような相撲を取りたい」

名古屋場所(7月13日初日、IGアリーナ)の新番付が6月30日に発表され、新入幕を果たした若碇改め藤ノ川(20=伊勢ノ海)が、名古屋市の部屋で会見しました。「藤ノ川」は、明治時代の初代から数えて6代目。先代伊勢ノ海親方で、元関脇の4代目藤ノ川の森田武雄さんの希望もあって、伝統のしこ名が復活しました。

会見の一問一答を、全て紹介します。

大相撲

師匠の伊勢ノ海親方(右)とともに新入幕会見に臨んだ若碇改め藤ノ川は、新番付の自身のしこ名を指さして笑顔を見せた

師匠の伊勢ノ海親方(右)とともに新入幕会見に臨んだ若碇改め藤ノ川は、新番付の自身のしこ名を指さして笑顔を見せた

憧れは若隆景

―まずは新入幕、おめでとうございます

藤ノ川ありがとうございます。

―新入幕を決めて、今はどんなお気持ちでしょうか

藤ノ川うれしいです。

―「藤ノ川」のしこ名が、番付の一番上の段に載りました。その番付を見て、どのようなお気持ちでしょうか

藤ノ川そうですね、子どものころから一番上の番付に載るというのは、自分でも思っていなかった…。まあ、載りたいなとは思っていましたけど。正直、そんなに実現できるものではないと思っていたので、うれしいです。

―幕内昇進を機に「藤ノ川」という、伊勢ノ海部屋に代々伝わるしこ名に改名しました。どのような思いで、このしこ名にしたのでしょうか

藤ノ川6代目というのは…。自分で6代目なんですけど、やっぱり、由緒のある、代々みんな幕内以上という歴史で。伝統のある名前で、やっぱり、ありがたいという気持ちです。

師匠の伊勢ノ海親方(右)とともに新入幕会見に臨んだ若碇改め藤ノ川は、しこ名が書かれた色紙を手に笑顔を見せた

師匠の伊勢ノ海親方(右)とともに新入幕会見に臨んだ若碇改め藤ノ川は、しこ名が書かれた色紙を手に笑顔を見せた

―明治時代から伝わる、引き継がれているしこ名。これは、ご本人から「藤ノ川」にしたいということだったのでしょうか。経緯を教えてください

藤ノ川経緯…。

伊勢ノ海親方(元前頭北勝鬨)ふふふっ。たぶん本人は、あんまり知らないと思うので、はい。ハハハッ。そうですね。まあ、先代の11代伊勢ノ海親方が「藤ノ川を、オレが生きている間に付けてもらえたらうれしいな」と話していたところから、じゃあ、次に幕内に上がった時に「藤ノ川」を付けようか、という話をしてはいたんですよ。ただ、こんなに早く実現できるとは思っていなかったものですから。

先代伊勢ノ海親方(左、元関脇藤ノ川)と同志社大の服部祐児(のちの藤ノ川)(1983年2月12日撮影)

先代伊勢ノ海親方(左、元関脇藤ノ川)と同志社大の服部祐児(のちの藤ノ川)(1983年2月12日撮影)

―先代の思いもあった

伊勢ノ海親方先代の思いもありましたし、せっかく、いいしこ名があるわけですから伊勢ノ海部屋に。やはり、次に幕内に上がった子には、付けてほしいという気持ちもありましたから。先代とも、ちょっとお話をしながら「幕内に上がったら付けようか」と。そういう話にもなりまして、今回、実現できたわけけどね。

―ありがとうございます。あらためて、この由緒あるしこ名を名乗って幕内で戦うことについては

藤ノ川そうですね。それをプレッシャーと感じず、付けてもらったんだという自信に変えて相撲を取りたいです。

大碇

大碇

―京都出身の幕内力士は父の大碇以来ということですが、これについては

藤ノ川父親の次というのは…。何年ぶりですか。

―27年ぶりです

藤ノ川あー。じゃあ。27年ぶりに上がれてよかったです(笑い)。

―今も(会見場となった部屋宿舎の寺社本堂の)後ろでお父さまも見ていますが何か話はしましたか

藤ノ川まあ。もう、だいたい(幕内に)上がるというのは分かっていたので。先場所、12番勝った後に話というか、まあ…。そんなに深い話はしてないです。

―ただ、幼いころに住んでいた京都から、久々に幕内力士が出たということについてはどうですか

藤ノ川うれしいです、はい。やっぱり、その、いろんな人に応援してもらえるような力士になりたいです、はい。うれしいです。

新入幕会見後、父の甲山親方(右)と並んでガッツポーズをつくって記念撮影に納まった若碇改め藤ノ川

新入幕会見後、父の甲山親方(右)と並んでガッツポーズをつくって記念撮影に納まった若碇改め藤ノ川

―新十両からは所要4場所で新入幕。その要因はどういったところでしょうか

藤ノ川やっぱり、入門してから稽古して。周りよりも早く上がるんだという気持ちでやったのがよかったかなと思います。稽古と、あとは水曜日には埼玉栄高校に通わせてもらって、トレーニングもやって、そういう小さな地味な積み重ねが、今になったんじゃないかなと思います。

―先場所は12勝。何か手応えをつかんだのですか

藤ノ川そうですね。1月場所で調子が良くて、ケガしちゃったんですけど。そこでも自分の力がついたなと自信になっていましたし、それで先場所の12番というのは、気持ち的にも、力的にもついたのかなと。そういう感じです。

若碇(2025年5月17日撮影)

若碇(2025年5月17日撮影)

―相撲内容も速い相撲で、そういった部分でも成長を感じていますか

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1999年入社。スポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。26年4月に文化社会部へ。