あきらめない― 宝富士が心を取り戻した青森の夜 筋断裂した両腕と向き合う今

38歳のベテラン力士、宝富士(伊勢ケ濱)が今、崖っぷちに立たされています。

2010年秋場所で新十両昇進を果たしてから、丸15年間も関取の座を維持してきました。しかし、ケガの影響もあり、苦しんでいます。

心が折れかけていましたが、今は意欲を取り戻しました。青森への帰省も、きっかけになりました。胸の内を聞きました。

大相撲

宝富士が語ったこと

  • 力が出にくい現状
  • 休まなかった理由と止まった記録
  • 心にしみた青森の夜
  • 3児の父
  • 色紙に書いた言葉

◆宝富士大輔(たからふじ・だいすけ)本名・杉山大輔。1987年(昭和62年)2月18日生まれ、青森県北津軽郡中泊町出身。小3のころに相撲を始める。中3時に全国都道府県選手権3位。五所川原商業高校に進学し、3年時に総体個人8強。近畿大学に進学し、3年時に全国学生選手権準優勝。4年時に全国学生個人体重別選手権の無差別級など6冠。伊勢ケ濱部屋に入門し、2009年初場所初土俵。2010年秋場所新十両、2011年名古屋場所新入幕。最高位は関脇。三賞は敢闘賞1回。金星3個。186センチ、167キロ。家族は妻と2男1女。

「先場所が終わって、ずっとくじけてました」

宝富士と待ち合わせたのは、8月21日のこと。国技館で力士の健康診断があり、その後に取材のための時間を取ってもらった。

身長、体重などの測定があり、最後の採血を終えて、一緒に国技館の外へ出た。暑い。

「暑いんで、一番近いとこ、行きましょう」と提案され、JR両国駅西口近くのサンマルクカフェに入った。

宝富士に座ってもらい、オーダーを聞くと、「アイスコーヒーをお願いします」。私がアイスコーヒーのLサイズとSサイズを受け取り、席まで持っていく。

「じゃ、関取は小さい方で」とSサイズを渡そうとすると、「あっ、僕もそっちを取ってボケようと思ってました」。お互いに笑い合って、インタビューを始めた。

話を聞くと、前日に青森から帰ってきたばかりだった。

「先場所が終わって、ずっとくじけてました。でも、昨日、帰ってきて、しっかり稽古しよう、しっかりトレーニングしていこうと思えました」

奮起するきっかけが、故郷の青森にあったという。

ケガをしても休まなかった理由

それまでは、気持ちが落ち込んでいた。

無理もない。

7月の名古屋場所まで、4場所連続で10敗以上を喫した。2009年初場所の初土俵以来、こんな経験は初めて。2011年名古屋場所で新入幕を果たして以降、2場所続けて十両にとどまったこともない。いよいよ関取の座が危うくなってきた。

原因は、はっきりしている。

「一番は稽古不足ですよね。原因は、左の上腕の腱(けん)を切って、そこから相撲の稽古が少なくなった。治らないまま、ごまかしごまかしやってきたら、週6稽古していたのが、週3になり、痛み出してきて週2、1と減ってきたんですよ。最初は(稽古の)貯金があったんで、なんとか相撲は取れていましたが、それがもう当たり前になっちゃって…。それが一番大きいですね」

左上腕二頭筋断裂―。

2022年秋場所13日目、一山本戦で受傷した。

左前まわしに手がかかり、引きつけて力を入れた時だった。上腕部から「ブチッ」と音がした。

2022年秋場所13日目 宝富士(右)は突き落としで一山本を破ったが、この取組で左上腕二頭筋を断裂した

2022年秋場所13日目 宝富士(右)は突き落としで一山本を破ったが、この取組で左上腕二頭筋を断裂した

「あっと思って離して、そこからは(左腕が)使えない状態になりました。腕の筋肉が上に上がっちゃって、これはやばいなと」

取組には勝ったが、重傷であることを悟った。残り2日間は出場したが、力は入らなかった。

2022年秋場所千秋楽 宝富士(右)は左腕をほぼ使えない状態で隠岐の海に勝った

2022年秋場所千秋楽 宝富士(右)は左腕をほぼ使えない状態で隠岐の海に勝った

「左上腕二頭筋断裂」と診断され、医師からは手術を勧められた。「手術を受けないと治らない」とも言われた。

「手術を受けたら、1、2場所は休場になる。その時は記録もかかっていたし、休場したくなかったんですよ。今考えたら、休んで手術した方が良かったかなと思うところはあります。今考えたら…」

当時、幕内の連続出場記録は、870回まで伸ばしていた。2021年秋場所3日目に白鵬の記録を抜いてからは、現役トップの数字だった。全休すれば十両に落ちて、記録が止まる。それが嫌だった。

止まった記録

次の場所まで痛みはなくならず、相撲と取る稽古ができないまま本場所に臨んだ。

万全でなくても勝てるほど幕内は甘くない。

2022年九州場所は、3勝12敗と大敗した。得意の左四つになっても、差し手の引きつけが弱い。自分十分の形になっても、勝てないことが増えた。

どこかをケガしてかばうような動きをすると、別の箇所が故障する。本場所は休まなかったが、腰椎椎間板ヘルニアを発症して巡業を休んだこともあった。

するとついに、幕内から陥落した。2024年初場所、東前頭16枚目で臨み、6勝9敗に終わった。あと1勝していれば、十両への陥落は免れたはずだった。

幕内連続出場記録(下の表、2025年名古屋場所終了時)は、990回で止まった。11年以上もかけて大事につないできた記録だった。当時、5人しかいなかった1000回超えまで、あと10回に迫っていた。


順位力士名幕内連続出場
1高見山1231
2巨砲1170
3玉鷲1077
4黒姫山1065
5寺尾1063
6長谷川1024
7宝富士990
8貴闘力975
9大晃945
10青ノ里885
10金城885

宝富士は、ひどく落ち込んだ。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。