【日翔志 新入幕会見全文】角界入りに反対していた父の死…引退を踏みとどまり幕内へ

日本相撲協会は9月1日、秋場所(14日初日、両国国技館)の新番付を発表しました。

新入幕を果たした日翔志(ひとし、28=追手風)は、埼玉県草加市の追手風部屋で会見しました。首の大けがや、父の死を経験し、一時は引退も考えました。

会見全文をお送りします。

大相撲



新入幕を果たし番付表を手に笑顔をみせる日翔志(撮影・野上伸悟)

新入幕を果たし番付表を手に笑顔をみせる日翔志(撮影・野上伸悟)


「お前ならやれる」

司会それでは、日翔志関の新入幕昇進会見を始めさせていただきます。


―まず、代表で質問させていただきます。新入幕昇進おめでとうございます

ありがとうございます。


―今、率直なお気持ちはどうでしょうか

上がれると思ってなかったんで、上がったからにはしっかり頑張りたいです。

―今日までどんな気持ちで待ってらっしゃいましたか

上がらなかったら上がらなかったで、もう1度頑張ればいいし、上がったら上がったで、またより一層精進して頑張ろうと思ってました。

―番付表をあらためてご覧になってどうですか。一番上に自分のしこ名がありますけど

感慨深いです。

―それはどういう思いからですか

入門してからいろいろあって、大ケガとかもあったんで、自分が幕内に上がれると思ってなかったんで。いろんな感情があります。

―どんな感情ですか

やめずに辛抱してきてよかったなって思ってます。

―やめることも考えたことはあったんですか

多々ありました。

―どの場面ですか

最初はやっぱ首の大ケガから始まって、でも新十両で落ちた時も1年で戻れなかったらやっぱ潔くやめようかなっていう気持ちはちょっとあったんで。1年と1場所でまた再十両だったんですけど、いろんな人の支えとかがあって、もう1場所頑張ってみようかなっていうあれで頑張ったら戻れました。

―特に支えとなったのはなんでしょうか

身内であったり、親方、大栄翔関、あと湊川親方の元貴景勝関とか。先輩後輩、いろんな方たちの「お前ならやれる」っていう声をいただいて頑張りました。

―大栄翔関には特にどういうところを話をされましたか

「ポテンシャルは誰よりもあるから、今頑張って辛抱すれば必ず戻れるから頑張った方がいいんじゃないか」っていうありがたいお言葉をいただいて。

―湊川親方は

同じような感じで「頑張った方がいい」っていう。

―お母様にはもう報告されました

一応。はい、しました。

―どんな反応でした

いや、喜んでました。

―どんな会話もされましたか

そこまで深い会話はしてないですけど。

―お父様の墓前には

まだ行ってないです。はい。これから時間あったら報告しに行こうかな。墓参りついでに。

―プロに入るのはかなり反対されたそうですね

そうですね。

―お父さん、喜んでますか

喜んでるとうれしいです。はい。

―十両に戻ってきてから3場所でこの新入幕を決めたわけですけど、どのあたりが変わってきたとご自身は感じていますか

新十両の時に休場せずに15日間取り続けたことによって、なんかもう十両の雰囲気っていうのがある程度、再十両の時はわかってたんで、そこまで気負わずに楽に再十両が1場所目から相撲取れたのがよかったなと思ってます。

―先場所は6枚目という番付で終盤ずっと連勝が続きました

はい。

―幕内という意識はあったんですか

場所始まる前から11番ぐらいでもしかしたらっていう話はあったんで。最初はちょっと意識したんですけど、もう中盤5勝5敗とかだったんで、特にそこまで意識はしてなかったですけど。10番でももう上がれないだろうなと思ってたんで、そこまで意識はしてなかったです。

―逆にそれが良かった

かもしれないです。

新入幕を果たした日翔志は、屋外撮影で風が強く番付表がめくれ、「これ、無理でしょ」と苦笑い(撮影・野上伸悟)

新入幕を果たした日翔志は、屋外撮影で風が強く番付表がめくれ、「これ、無理でしょ」と苦笑い(撮影・野上伸悟)

―相撲の内容的に変わってきた部分ってありますか

やっぱ体も大きくなったんで、ある程度の圧力負けはあんましなくなってきたかったなっていうのは実感してます。

―前に攻める相撲が増えた印象もありますけど、そのあたりは意識されてますか

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。