【大嶽部屋継承の真相】合併の可能性があった部屋は? 新大嶽親方の玉鷲への思いは?

大鵬部屋の流れをくむ大嶽部屋が、新師匠に継承されました。

9月29日付で、大嶽部屋の師匠は元十両大竜(65)から元幕内玉飛鳥(42)に引き継がれました。

一時は後継者が不在で、合併、消滅の可能性もありましたが、継承者が現れました。

舞台裏で、何があったのでしょうか。

大相撲

土俵祭りを見守る親方衆。前列左から、間垣親方(元2代目若乃花)、元大鵬の納谷幸喜氏、大嶽親方(元十両大竜)、貴乃花親方(元横綱)、阿武松親方(元関脇益荒雄)(2011年10月1日撮影)

土俵祭りを見守る親方衆。前列左から、間垣親方(元2代目若乃花)、元大鵬の納谷幸喜氏、大嶽親方(元十両大竜)、貴乃花親方(元横綱)、阿武松親方(元関脇益荒雄)(2011年10月1日撮影)

◆大嶽部屋の年表◆


1969年優勝30回を達成した横綱大鵬に一代年寄が授与された
1971年5月に大鵬が引退、12月に独立して大鵬部屋を創設
2004年大鵬の三女と結婚して婿入りしていた元貴闘力が部屋を継承。大鵬部屋から大嶽部屋に
2005年5月に大鵬が定年退職
2010年理事選に出馬した貴乃花親方を支持し、二所ノ関一門から離脱
2010年7月、元貴闘力が野球賭博問題で解雇。元大竜が部屋を継承
2013年1月、大鵬死去
2018年1月、王鵬が初土俵
2018年7月、貴乃花一門の消滅により、二所ノ関一門に復帰
2025年9月、元大竜の定年に伴い、元玉飛鳥が部屋を継承

「天国の父も『ありがとうな』と」

師匠交代を翌日に控えた9月28日、大嶽部屋の秋場所千秋楽パーティーが行われた。

その席上で、元大竜の大嶽親方が涙を流す場面があった。48代横綱大鵬の三女・納谷美絵子さんによる約2分間のスピーチで、労をねぎらわれた。

15年前、当時の師匠だった元貴闘力の不祥事により、急きょ大嶽部屋を継承したこと。自身の不祥事ではないにもかかわらず、まず謝罪から始まったこと。おかみさんは、家族よりも部屋を優先して動いてくれたこと。最後に「天国の父も『ありがとうな』と言っていると思います」と言われて花束を受け取ると、涙腺が緩んだ。

秋場所13日目の定年会見後、花束を手に笑顔を見せる大嶽親方(撮影・河田真司)

秋場所13日目の定年会見後、花束を手に笑顔を見せる大嶽親方(撮影・河田真司)

阿武松部屋への合併も…

日本相撲協会の定年は65歳。親方の場合、再雇用制度を利用すれば「参与」として70歳まで在籍できる。しかし、65歳になると、部屋の師匠はできない。

約2年前、大嶽親方は定年に備えて、大鵬の娘たちと何度か会談した。大嶽部屋に部屋付きの親方はいない。後継者は見つかっていなかった。

「合併という方向で話が進んでいました。娘さんたちや後援会の方にもおうかがいを立てて、『合併するしかないので…』という話をしたら、みなさんがしょうがないねということで了承していただいたんです」

一時は、阿武松部屋に合併する話が進んでいた。

潮目が変わったのは、今年3月。

大嶽親方は、大鵬部屋のころから付き合いのある後援者と会食し、心が動いた。

「大鵬親方に部屋をやってくれと言われたのは、この部屋を残してくれ、次につなげてくれという思いを託されたから。それなのに、私が部屋をつぶしてしまっていいのか。なくしてしまうと、私が継承した意味がなくなってしまう。ずっと悩んで、なんとか部屋を残す方向で舵を切りました」

大鵬部屋から大嶽部屋になっても、「大鵬道場」の看板は常に掲げてきた。大鵬の弟子としての決断でもあった。

実は、力士たちも大嶽部屋の存続を望んでいた。

縁があった

大嶽親方は考えた。知らない人には任せたくない。できれば、二所ノ関一門の親方にお願いしたい。この条件では、候補は限られる。そして、一門の理事に相談した。

本文残り76% (4173文字/5456文字)

スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。