【高砂部屋の面々〈14〉】朝勝令引退 新天地は地元企業正社員で家族や新同僚を支える

最高位は東序二段22枚目の朝勝令(21)が、名古屋場所限りで引退し、第2の人生を歩み始めました。169センチと小柄ながら、6年余りの土俵人生は1度も休場することなく戦い続けました。愛知県一宮市出身で、ご当所での現役最後の場所は、2勝5敗に終わったものの、未練はないといいます。縁あって高砂部屋を支援し続ける地元企業に、9月1日付で正社員として入社します。無観客の20年春場所で初土俵を踏み、名古屋場所千秋楽朝に同社の大広間で断髪式。最初から最後まで異色だった、力士人生に別れを告げました。

大相撲





◆朝勝令令志(あさしょうれい・れいじ)本名野田令志。2004年(平16)12月23日、愛知・一宮市生まれ。愛知・一宮市の南部中では3年間柔道部に所属。兄弟子の朝翔は小、中学校で1学年先輩。20年春場所の前相撲で初土俵。最高位は24年夏場所の東序二段22枚目。26年名古屋場所限りで引退。通算38場所で117勝142敗。家族は父と兄。169センチ、115キロ。


名古屋場所11日目 土俵に上がる朝勝令

名古屋場所11日目 土俵に上がる朝勝令

通算38場所無休


現役最後の一番を終え、支度部屋に引き揚げる際に見た光景に、目頭が熱くなった。稽古中も稽古後も指導を受けてきたちゃんこ長の朝心誠、小学校から先輩の朝翔といった兄弟子、他の部屋の同期入門の力士、朝力丸をはじめ、部屋の内外を問わず慕ってくれた弟弟子―。大勢に待ち構えられ、口々に「お疲れさまでした」と、労をねぎらわれて花束を手渡された。見送る側として、見慣れているはずの光景。いざ自分が見送られる側となると、その場はこらえていた涙が、風呂場であふれて流れ出た。


名古屋場所初日 朝勝令(左)は押し出しで都留樹富士を破る

名古屋場所初日 朝勝令(左)は押し出しで都留樹富士を破る


「最後」と決めて臨んだご当所場所は、2連勝と好発進した。ただ、そこから5連敗締め。それでも「悔いはありません」と、胸を張った。

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1999年入社。スポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。26年4月に文化社会部へ。