いたましい事故から9年の歳月が流れた。坂本照雄(享年40)が、レース中に落車を避けて写真判定用の機材に衝突し、帰らぬ人となったのが12年7月7日だった。

それ以来、毎年7月7日になると、小田原競輪場では選手、OB、関係者によって追悼の献花が行われている。

モーニング開催の最終日だった今年は、同県の柴田功一郎、岡崎徹らが開催終了後に参列し、故人の思い出話に花を咲かせた。

参列者の中には、19年8月の落車で選手生命の危機に陥り、5月に復帰したばかりの和泉田喜一の姿もあった。「坂本君は僕と同じ酒好きで、宿舎でも外でも一緒に飲んだ仲でした。自分も1歩間違えば…というけがだったけど、坂本君以来、レース中に亡くなった選手はいない。どこかで見守ってくれているんですかね」と手を合わせた。

故人の家族も参列。当時は小学生だった2人の娘は、20歳と16歳の立派な女性になっていた。最後に夫人が参列者に感謝の言葉を述べ、「私たちは元気でやっています」と、力強い言葉で追悼会を締めた。