2017年夏。僕はすべての仕事を辞めてJリーガーを目指すことを決めた。それは僕にとって大きな大きな決断であった、当時僕は複数の仕事をこなしながら年収1000万円。恵比寿駅から徒歩2分の11階建てのマンションの最上階に住んでいた。

毎日、部屋から東京タワーを眺め、いつかあの高さに匹敵するビジネスマンになると決めていた。しかし、赤く光り輝く東京のシンボルとは反比例するように僕の心は暗く閉ざされていった。それでも周りからすれば、輝いて見えることはあっただろう。

当時、僕の中でずっとこだまする言葉があった。

「志前提で始めた仕事がいつの間にか生活前提になっている」

そんなことを思いながらも、手に入れたステータスや地位を捨てることができず、自分をごまかし偽り、虚勢を張って生きる日々が続いた。

心のどこかでは、既に気がついていた。僕が追い求めているものはどこかで抱いた憧れであって夢や希望ではない。憧れはお金で買えるが、夢や希望はお金ではかなえられない。それでも偽ることしかできない自分の情けなさに心が張り裂けそうだった。変わりたいけど変われない。今のままでは良くないと思いながらも行動に起こせない。いつまでたっても僕は“うそつきアビコ”のままだった。

そんなとき、僕がスポーツディレクターとして立ち上げから関わった「biomサッカーコース」の生徒から衝撃的な言葉を投げつけられた。このサッカーコースは中央高等学院と東京ヴェルディが提携して作ったサッカーコースである。中央高等学院は不登校の子どもたちに「好きなことから始めよう」というメッセージを送り、生徒が社会で生き抜く力をつけさせるためにさまざまな角度から取り組んでいる学校だ。僕はそんなサッカーコースでスポーツディレクターとして教壇に立ち、生徒に座学の授業を教えていた。

特に生徒たちには「10回の素振りより1回のバッターボックスだ」と何度も伝えていた。経験に勝る知識など存在しないのだと。生徒たちは引きこもった中学3年間の時代には戻りたくないという思いで、必死に僕の授業を聞いてくれた。僕もやったことがなかったクラウドファンディングやこれから来るかもしれないベーシックインカムの話などを繰り返ししていた。

すると、ある生徒が「アビさん、僕クラウドファンディングしたよ。失敗したけどね」と最高にすがすがしい顔で僕に伝えてきた。僕はその瞬間に、膝からガクンと崩れ落ちるかのような衝撃を受けた。彼はバッターボックスに立ったんだ。

「お前は何をしてるんだ」

誰かにそう言われた気がした。その瞬間から僕は自分の後悔を書き出した。

そして、一番悔しくて、一番情けなくて、一番時がたっていて、取り返すことがほぼできないものは何かを考えた。それが、Jリーガーになるという夢だった。

小学校の卒業アルバムには「サッカー選手になる」

と書いた。21歳のときにその夢を自分で諦めた。その夢はお金で買うことなどできるはずもないとってもすてきな夢だった。夢はお金では買えない。人生の後悔を取り返しに行く。僕は自分の人生に本気になる覚悟を決めた。

大事なことは、自分の弱さから逃げないこと。今できてないことを誰かのせいにしないこと。不平不満は自分の努力不足が招く。見て見ぬふりをしない。情けない自分を受け入れ、弱い自分を奮い立たせ、歯を食いしばってすべてをさらけ出す。そこが自分の人生に本気になったスタートラインなんだ。何事にも始めるのに遅いことはない。半歩の勇気を1歩の力へ変えよう。(続く)(J3、YSCC横浜FW)

年俸120円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦(左)
年俸120円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦(左)