サッカーのW杯カタール大会(20日開幕)に挑む日本代表は、11月1日に26人が発表になる。

今から8年前、14年ブラジル大会のメンバー発表にはサプライズがあった。当時のアルベルト・ザッケローニ監督は、川崎フロンターレに在籍した31歳のFW大久保嘉人を選出。ACミランの本田圭佑にマンチェスター・ユナイテッドの香川真司、インテルミラノの長友佑都…。過去最強とも呼ばれたザックジャパンの最後のピースは、2年3カ月ぶりの代表復帰となった「オクボ」だった。それは天国の父が導いてくれたW杯でもあった。

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運命の日は、偶然にも1年前に他界した父・克博さんの命日だった。

13年5月12日。

病室で父をみとった後に、引き出しから出てきた白い紙切れ。

そこには、震える弱々しい文字でつづられた遺書があった。

「ガンバレ 大久保嘉人

日本代表になれ 空の上から見とうぞ」

以降、「得点を取り続ければ、監督に振り向いてもらえる」と信じ、ひたすらゴールにこだわった。13年シーズン、J1で得点王に立ち、それでもまだ代表は遠かった。

代表発表前、最後の試合となった14年5月10日鹿島戦で2得点を決め、吉報を待った。

やれることはやった。ただ、日本代表からは2年以上も離れていた。「さすがに、難しいやろうなあ」。そんな思いは、最後まで消えなかった。

14年5月12日。

アジア・チャンピオンズリーグの韓国遠征に向け、羽田空港へ向かうバスの中にいた。

午後2時。ちょうど空港敷地内に着き、バスは停車した。前方のテレビは、メンバーを発表する中継が映し出されていた。

ザッケローニ監督が、選手の名前を呼びあげる。

「エンド、ハセベ、アオヤマ、ヤマグチ」…

最初から数えて16人目。

「オクボ」の名前は、確かに呼ばれた。

「正直、選ばれるとは思っていなかった。たぶん、これから(実感が)来るんでしょうね。1人になった時に、グッと来るんじゃないかな。自分はサプライズで呼ばれた分、もっともっと頑張らないといけない」

その頃、故郷の小倉では大雨が降る中で、一周忌法要が執り行われていた。

1年前、息子の代表復帰を願いつつ、この世を去った父が泣いているような雨だった。

母・千里さんは、こう話している。

「最初、呼ばれても頭に入っていなかったんです。そしたら娘が『あれ、今、よっくん(嘉人)の名前を言ったよ。大久保って呼ばれたよ』って。何もかもが本当にサプライズ。入らないと思っていたから、うれし涙じゃなくて、ビックリの涙です。これから、お父さんのお墓に報告に行きます」

選出には舞台裏があった。ザッケローニ監督は4年の歳月をかけて自身の哲学をすり込み、メンバーは固まりつつあった。そこへ、どう大久保を融合させるか。いい方向へと化学反応を起こす漠然とした期待はあっても、ともすれば反乱分子になる危険性も頭をかすめていた。

発表の前日、キャプテンを任せていたMF長谷部誠に電話を入れた。

「オクボを入れることで、代表チームが悪い方向に行く可能性はあるだろうか?」

「その心配はありません」

長谷部はそう、答えたという。09年にドイツのヴォルフスブルクで一緒にプレーし、代表でも長い時間を過ごした。ピッチ上で熱くなることはあっても、チームを乱すような男ではない-。長谷部は、大久保の人柄をよく知っていた。

ただ、もし、長谷部が違う答えをしていたら、サプライズ選出はなかったかも知れない。

98年フランス大会は岡田武史監督の「外れるのはカズ、三浦カズ」が伝説となり、02年日韓大会はMF中村俊輔が外された。06年ドイツ大会はFW巻誠一郎、10年南アフリカ大会はケガで半年以上も公式戦から遠ざかっていたGK川口能活が選ばれるサプライズがあった。

2022年11月1日。

今回もまた、4年に1度の「その時」を迎える。

【編集委員=益子浩一】