【ドーハ18日=佐藤成】「悲劇」から「歓喜」の物語を完結させる。サッカー日本代表(FIFAランキング17位)は今日19日、アジアカップ(アジア杯)カタール大会の1次リーグ第2戦でイラク代表(同63位)と対戦する。当地で前日会見に臨んだ森保一監督(55)は30年3カ月前、MFで出場した同国との試合で追いつかれ、W杯初出場の夢を絶たれた。以来、個人的には初めてのイラク戦を因縁の国で迎えるが、平静を保ち、決勝トーナメント進出を見据えた。

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砂ぼこりも舞わない穏やかさだった。昨冬W杯で悲劇を歓喜に更新した森保監督は、約30年ぶりとなるカタールでのイラク戦を前にしても、こう言い切った。

「記憶に残っているところはありますけど、今は選手ではなく監督の立場で来ているので。自分の93年の経験がよぎることは、仕事をする中ではありません」

記憶は、ほぼ真っ白という93年10月28日。「MF森保」は、当時の日本がW杯に最接近したピッチで力尽きた。勝てば94年米国大会への初出場が決まるイラク戦。終了間際に失点し、自分の頭上を越えたボールをスローモーションで見送って2-2で切符を逃し、気付けば宿舎で泣いていた。

「サッカー人生で、これ以上ないと思える悲しい経験」。29年後、当地でのW杯でドイツ、スペインを連破して美しい記憶に差し替えたが、直接、イラクを倒してこそ物語は完結する。

会場はドーハ近郊。涙が染み込んだアルアリ競技場の約13キロ北西に位置する、アルラヤンのエデュケーション・シティー競技場が舞台だ。キックオフも当時より2時間、早い。高層ビル群が時の経過も示す一方、変わることのない中東特有の砂っぽい乾いた空気の中で、あの日の借りを返す。

イラク戦@ドーハも13年に再来(1-0)しているが、当時はザッケローニ監督だった。「当事者」森保監督にとっては1万1040日ぶりの再戦。熱がたぎるかと思いきや「選手は30年前と全く違う、素晴らしいプレーをしてくれる」と言い、時代の変化と「生まれてもいなかった選手たちが、日本サッカーの発展の中で全てを克服し、世界で戦えている」と強調した。

あの時に生まれていた選手は3人だけ。8年後に誕生したMF久保も「申し訳ないけど無縁。あおる必要もないし、そっとしておいて。勝てばいいだけ」と、決勝トーナメント進出が確定する勝ち点3しか見ていない。アジア杯としても、初優勝した92年広島大会で選手だった森保監督が、指導者としても制すれば初だが「ベトナム戦の反省を生かすだけ」と自然体。30年を超えるドラマを、ハッピーエンドで締める筋書きはもう古いのかもしれない。

◆ドーハの悲劇 1993年(平5)10月28日、カタールの首都で行われた94年W杯米国大会アジア最終予選の第5戦(最終)イラク戦。勝てば悲願のW杯初出場が決まる中、前半5分にFWカズが先制。暑さ、深い芝でパスを回せない状況の1-1で迎えた後半24分、FW中山のゴールで勝ち越したが、ロスタイムに入って17秒後、相手の右ショートCKから失点して2-2とされた。得失点差で韓国に上回られ、出場権を逃した。日本時間の午後10時15分キックオフながら、テレビ東京史上最高視聴率48・1%を記録。会場のアルアリ競技場は収容人数2万人と少なく、現在ビッグゲームは行われていない。

◆イラクの現状 22年11月に就任したスペイン人カサス監督の下、攻守に組織化されたサッカーを展開している。フィジカルとテクニックに優れ、昨年は中東王者を決めるアラビアン・ガルフ杯でサウジアラビアやカタールを抑えて優勝した。今大会も初戦でインドネシアに3-1。4バックと5バックを使い分ける戦術で、現地メディアによると「日本戦は5バック採用ではないか」。W杯アジア2次予選では同組のインドネシア、ベトナムに勝っており、1次リーグ首位を争う最大のライバルとなる。