川崎フロンターレFW小林悠(39)が23日、川崎市内のクラブハウスで会見を開き、2027年1月1日で現役を引退すると発表した。
「17年目のシーズンですが、これだけ長く1つのクラブで現役を続けていることを幸せに思っています。今日みなさんにお伝えしたいことは、今シーズンの26年の12月いっぱいで引退することを決めました」
10年に加入してからは川崎F一筋。17年の現役生活に別れを告げる決断をした。Jリーグ得点王1回、最優秀選手(MVP)1回など、J1通算405試合で、歴代7位の144得点を記録した。
誰からも愛されたストライカーがスパイクを脱ぐ。「ポンコツ」と称され、人当たりが良く、チームメート、ファン、サポーター、メディアなど多方面と良い関係を築き、キャリアを積み重ねた。中でも2017年の輝きはクラブ史に残るものだ。中村憲剛(現ヘッドコーチ)から主将を受け継ぐと、23得点を挙げてチームを引っ張り、悲願の初優勝をもたらした。得点王とシーズンMVPをダブル受賞。川崎Fの黄金期を中心メンバーとしてけん引した。
他クラブからの獲得オファーもありながら、ワンクラブマンであり続けた。大久保嘉人やレアンドロ・ダミアンといった強力なライバルたちと切磋琢磨(せっさたくま)し、リーグを代表するFWに成長した。
年を重ねてからは途中出場の機会も増えた。それでも決定力の高さは変わらなかった。途中出場で歴代最多の29得点。昨年4月に「J1リーグにおける途中出場選手の最多得点数」としてギネス世界記録にも認定された。
14年には日本代表に初選出された。通算14試合に出場するなど、国を背負ってもプレー。一時代を築いた点取り屋だった。
昨季は13試合の出場にとどまり、特別大会「百年構想リーグ」では2試合のみ。今季はここまで出番が無かった。それでも川崎Fのエースとしてここまでクラブに残した功績は計り知れない。39歳の誕生日を迎えた日に、自らの口で引退を伝えた。
◆小林悠(こばやし・ゆう)1987年(昭62)9月23日、東京都町田市出身。麻布大渕野辺(神奈川)から拓大を経て、10年に川崎F入り。17年に主将としてJ1初優勝に導き、得点王、MVP、ベストイレブンの個人3冠。J1通算405試合144得点。国際Aマッチ14試合2得点。家族は夫人と3男。177センチ、72キロ。



