国際サッカー連盟(FIFA)カウンシルメンバー(理事)として、W杯北中米大会を駆け巡る田嶋幸三氏(68)の「多事争論」。98年フランス大会以来28年ぶりの本紙評論〈第2回〉は、海外W杯で初の無敗突破を決めた1次リーグの総括と、日本時間30日の決勝トーナメント1回戦「王国」ブラジル戦を展望する。同国との交流開始から60年目。日本の発展に大きく寄与した国に進歩を示し「ヒューストンの奇跡」とは呼ばせない勝利に期待した。【取材・構成=木下淳】
◇ ◇ ◇
1次リーグを終えて強く感じたのは、これまで8大会の中で最も安定し、落ち着いた予選突破を日本代表が見せてくれたことだ。過去の苦い経験を蓄積として生かし、進歩を示した。「初戦でつまずけば取り返しがつかない」「強豪に力を出し切った後の2戦目で星を落とす」という負の歴史を払拭してくれた。森保監督が続投で積み上げた戦術と、日本サッカー協会が培ってきた経験値と言える。
「誰が出ても戦える」選手層の厚さも証明できた。三笘、南野、遠藤、久保の各選手を、絶対的な主軸を欠いた中で変わらず高い質を維持し、組織として機能し続けている。前回カタール大会の22人を上回る、W杯1大会で歴代最多となる23人が出場した上で、自国以外では初の無敗通過。世界に総合力を知らしめた。
オランダ戦では、堂安選手と久保選手が193センチのハクポを封じ込めた。彼が次のスウェーデン戦で2得点1アシストしていたことからも、献身性が際立つ。一方で修正点も教えてもらった。3戦目の失点場面やオランダに2度のリードを許した際の対応を見ると、サイドの守備強度が落ちた瞬間にピンチを招いている。決勝トーナメントでは、こうした一瞬の隙が命取りになる。リスク管理の徹底が今後の一発勝負では極めて重要になってくる。
そのノックアウトステージ初戦は「王国」ブラジル戦だ。「くじ運が悪い」と嘆いた方も多いかもしれないが、これほど光栄な舞台はないと私は考えている。最高の景色、優勝を目指すのなら、どこかで倒さなければいけない大国。長丁場を見ている相手が上がり切る前の1回戦は、絶好だ。
96年アトランタ五輪で西野朗監督と選手が「マイアミの奇跡」を起こしたが、あくまで1次リーグ。負ければ終わりのトーナメントとは価値が異なる。A代表としては昨年10月に3-2で、計14戦目にして初めて勝てたが親善試合だ。メンバーも違う。何より「前半2点リードからの逆転負け」は、ブラジル連盟111年の歴史で初めて、とも聞いた。慢心もないはずだ。
個の力は依然として脅威だが、守備に突けそうな穴が見え隠れしている。4バック中央はマルキーニョス(パリSG)とガブリエル(アーセナル)。欧州CL決勝チームの要に対し、スウェーデン戦で驚異のスプリント回数95を記録した前田選手のようなプレスをかけ、日本流の組織的な崩しから得点をうかがいたい。
得点源に対しては冨安選手が鍵を握る。ブラジルの攻撃を一手に担い、全3戦連発で4得点1アシストの左ウィング、ビニシウスを日本の右センターバックが止めれば勝機が見える。意外にも、チームの総走行距離は338キロで日本は約6キロ上回られているが、第3戦で温存されたボランチ佐野選手が、カゼミロらベテラン勢の多い中盤を運動量で圧倒するはず。初戦から2戦連発の鎌田選手も、まだまだ真の実力を出し切っていない。次の大舞台こそ彼が本当に輝く場となる。
日本に対して5戦連発中9得点のネイマールも怖いが、最後はPK戦で勝つ。GKの鈴木彩艶選手が頼もしい。スウェーデン戦も彼がいなければ3位でフランスと当たっていたかもしれないし、日本には16年前のパラグアイ戦と4年前のクロアチア戦で味わった悔しさを糧にする準備がある。120分の死闘から止めて勝つ。彼が成長したから現実的なシナリオを描ける。
はたしてブラジルを倒した時、メディアの皆さんは「ヒューストンの奇跡」と書き立てるかもしれない。それは違う、と先に言っておきたい。日本は、奇跡を待つのではなく、地道に、戦略的に世界との差を詰めてきた。1967年(昭42)にネルソン吉村(大志郎)さんが来日し、ヤンマー(現C大阪)で早大卒1年目の釜本(邦茂)さんと組んでから60年目。カズが武者修行した80年代は「ジャポネス」(サッカーが下手な人)とも呼ばれたが、日本リーグ時代から多くを学んだ国。説明不要だろう。
ジーコ、ファルカン、ドゥンガ、レオナルドら多くの選手や監督が土壌を作ってくれた恩義、恩恵は計り知れない。日本代表もラモス、呂比須、三都主、闘莉王が底上げしてくれた。4年前のW杯はクラマーさんのドイツに勝ち、今大会はオフトさんのオランダに初戦で追いついたように、各国のエッセンスを取り込み「ジャパンズ・ウェイ」の輪郭が色濃くなった今、ブラジルにも恩を返す時だ。
第一人者である辛口のセルジオ越後さん(本紙評論家)に「今のブラジルには4割の確率で勝てる」とおっしゃっていただいたことも感慨深く、心強い。平成元年…89年の初対戦(0-1)から1勝2分け11敗。8得点37失点。遠い背中も徐々に大きく見えてきた。
「マイアミの奇跡」から30年。06年ドイツ大会(1-4)から20年。日本がどれほどの進化を遂げてきたのか、世界に示すバロメーターとなる一戦。私は確信している。今の日本ならブラジルに勝てる。「奇跡」ではなく。しかし、歴史的な瞬間になることは間違いない。楽しみだ。(FIFA理事、JFA名誉会長)
◆田嶋幸三(たしま・こうぞう)1957年(昭32)11月21日生まれ、熊本県苓北町出身。5歳の時に東京都世田谷区へ転居。6歳の時に64年の東京五輪を見てサッカーを始める。浦和南高では主将FWとして75年度の全国選手権で優勝。筑波大4年時に日本代表入りし、国際Aマッチ7試合1得点。卒業後は古河電工へ。同期に岡田武史氏。83年に引退し、ドイツ留学。現U-17W杯の日本代表監督から02年に日本協会の技術委員長。JFAアカデミー福島の創設に携わる。専務理事、副会長を歴任し16年に第14代会長。2期8年を全うして名誉会長。15年からFIFA理事(現名称はカウンシルメンバー)。


