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世界陸上2015

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Players interviews

北京ではばたけ 北京からリオへ

陸上の世界選手権北京大会(22日開幕)の注目選手を紹介する「北京ではばたけ」。今回は男子棒高跳びの荻田大樹(ひろき、27=ミズノ)を取り上げる。日本記録保持者の沢野大地(34=富士通)、モスクワ大会6位の山本聖途(23=トヨタ自動車)に次ぐ第3の男だったが、今年6月の日本選手権で初優勝し、日本王者として2度目の世界選手権に臨む。今季は好調をキープしており、決勝進出を目標に掲げる。【取材・構成=益田一弘】

棒高跳び「第3の男」返上! 自己ベスト更新で決勝へ

棒高跳び 荻田大樹

日本選手権7度目表彰台で王者に

今年の日本選手権で5メートル50を跳んで優勝した荻田=2015年6月27日
今年の日本選手権で5メートル50を跳んで優勝した荻田=2015年6月27日

新潟の空は、荒れていた。6月の日本選手権。男子棒高跳び決勝は、雨と強風にさらされていた。荻田は、最悪のコンディションの中で、5メートル50を3度目の試技でクリア。両手でガッツポーズを繰り出した。山本を退けて、初めて日本王者の称号を手にした瞬間だった。

荻田 日本チャンピオンになることを、毎年大きな課題として、取り組んできた。日本王者として、世界選手権に臨めることは僕の中で大きな自信になった。この自信をうまく生かしていけたらいいと思う。

自己ベストは、日本歴代4位の5メートル70。国内トップクラスの実力者だが、日本選手権のタイトルとは縁がなかった。沢野と山本に阻まれて、07年以降で2位が3度、3位が3度。実に7度目の表彰台で初めて真ん中に立った。そして13年モスクワ大会以来2度目の世界舞台に臨む。

笑顔で記者の質問に答える荻田
笑顔で記者の質問に答える荻田

荻田 モスクワ(5メートル40で予選敗退)は初めての世界選手権。自分の中で冷静に臨めたと思っていたが、ペースが乱れていた。いざ世界選手権の予選の場に立った時に、自分の動きがちょっと違うなと感じてしまった。競技の最中は「ちょっとずれているかも、でも何とかなるかな」と思っていたけど、あとで振り返ると動きの中で、焦りが出ていた。「跳ばないと」「跳ばないと」と思ってしまった。

失意のモスクワから2年、多くの経験を積んできた。今年7月の欧州遠征では、2試合に出場し、ともに5メートル60をマークした。

荻田 世界選手権の予選と決勝を想定した2試合だった。よかった部分もあるが、もう少し修正できると思う。いい意味で、いつも通り、大きな変化なく、試合に臨めたらいいと思う。

三度目の正直 リオ五輪強く意識

リラックスした表情でポールのしなりを確かめる荻田
リラックスした表情でポールのしなりを確かめる荻田
休憩中に笑顔を見せる荻田
休憩中に笑顔を見せる荻田

小学校4年生で陸上を始めて、棒高跳びは中学1年生からスタート。関学大3年だった08年には日本学生記録(当時)5メートル56を記録している。だが五輪は08年北京、12年ロンドンと2度のチャンスがあったが、代表入りを逃している。来年のリオ五輪が三度目の正直になる。

荻田 リオ五輪は強く意識しています。五輪の舞台に立ちたい気持ちは年々、経験を積むごとにつよくなっている。世界選手権で入賞して、リオにつながることが理想的な形だと思う。ただ急にポンとはできない。まずは予選通過を最優先に考えています。

強力なライバルたちに1歩ずつ迫って、初の日本タイトルをつかんだ。その着実に歩んできたキャリアと同じように、しっかりと足元を見つめている。

荻田 予選を通過できたら、決勝に最高の自分をもっていけるように全力を尽くしてやっていけばいい。

男子棒高跳びは、第一人者の沢野が不出場。山本と2人で大会に乗り込む。北京の空で、5メートル70の自己ベストを更新すれば、決勝進出も見えてくる。

荻田大樹(おぎた・ひろき)

荻田大樹

1987年(昭62)12月30日、香川県生まれ。観音寺市大野原中で棒高跳びを始め、観音寺一高、関学大、チームミズノアスレチックをへて、現在はミズノ所属。09年東アジア大優勝、11年アジア選手権2位、13年東アジア大会3位、15年アジア選手権4位。185センチ、78キロ。




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