オリンピック(五輪)は単なるスポーツ競技会ではなく『平和の祭典』なのだ。取材現場で何度も目の当たりにした。崩壊した旧ソ連の国々が一団となって五輪旗を掲げて入場した92年アルベールビル冬季大会。人種差別が根強かった米国南部のアトランタで開催された96年大会では、黒人のボクシング元世界王者ムハマド・アリが聖火に灯をともした。

差別や国家間対立が絶えない世界にあって、五輪は4年に1度だけ民族や人種、宗教の垣根を越えて、人類が地球の1カ所に集結して、平和を確認し合う祭典なのである。近年は肥大化の弊害が指摘され、莫大(ばくだい)な開催経費への批判も強い。確かに改革は必要だが、五輪そのものには、現実社会を超越した力がある。

その五輪に今、過去最大の難敵が立ちふさがっている。招致から開催まで10年近い準備期間を要したのだ。延期という選択肢もイバラの道である。パンデミックだっていつまで続くか分からない。それでも決して平和の灯を消してはならないのだ。今こそ人類の英知を絞り、世界が一つになって乗り越える時だ。

戦後、五輪は何度も危機にひんしてきた。72年ミュンヘン大会では選手村がゲリラの襲撃を受けて、選手ら17人が犠牲になった。80年モスクワ大会は米国や日本を含む西側諸国がボイコット。84年ロサンゼルス大会はその報復として東側諸国が出場しなかった。それでも帰着点を見いだし、五輪を続けてきたのだ。

「人類は4年ごとに夢を見る。この創られた平和を夢で終わらせていいのであろうか」。65年に公開された市川崑監督の映画『東京オリンピック』の最後に出てくる言葉である。4年に1度夢を見ることが、創られた平和を実現することが、どんなに大変なことか、今回のことで人類は思い知らされた。

でもこの難局を乗り越えたときには、きっと新しい平和の光が見えてくるはずだ。再び世界の平和を分かち合う祝福の祭典を東京で開催するために、今こそスポーツの力、五輪の力を信じたい。【五輪パラリンピック担当委員 首藤正徳】

1996年アトランタ五輪開会式 最終聖火ランナーを務めたムハマド・アリ氏
1996年アトランタ五輪開会式 最終聖火ランナーを務めたムハマド・アリ氏