昨年12月、ある企画で音楽グループ『いきものがかり』のリーダーでソングライターの水野良樹さんを取材した。スポーツにも造詣が深く、12年ロンドン五輪のNHK放送テーマソング『風が吹いている』も作詞作曲した彼は、五輪によってもたらされる夢や希望を「きれいごと」と表現した。あの時の話を、今あらためて思い出した。


その「きれいごと」を、彼は後ろ向きにとらえてはいなかった。現地で観戦した12年のロンドン五輪を振り返り、こう続けた。「会場では政治的に対立している国の人々も一緒に喜び、笑っていた。きれいごとが詰まっていると思った。でも4年に1度であれ、そこには確かに平和が実現していた。どうしようもない現実に向き合いながらも、きれいごとを何とか現実に落とし込もうと、努力を続けている結果なんだと思った」。

彼の言う通り、戦後、人類は幾多の対立や危機を乗り越えて“きれいごと”を続けてきた。72年ミュンヘン大会では選手村がゲリラの襲撃を受け、選手ら17人が死亡する大惨事が発生した。オイルショックで物価が急騰した76年モントリオール大会は約1兆円の借金を抱えた。東西冷戦の影響で80年モスクワ大会、84年ロサンゼルス大会は多数の国と地域がボイコットした。それでも五輪開催をあきらめることはなかった。

未曽有の災厄に見舞われながらも、東京五輪も1年後の延期開催が決まった。安倍首相は「新型コロナウイルスに打ち勝った証として完全な形で開催したい」と宣言した。とはいえ、いまだウイルスの終息は見えず、世界は1年先のことなど考える余裕もない非常事態。施設の再確保、数千億円といわれる追加経費負担などハードルは途方もなく高い。この現実をどうやってきれいごとに落とし込むのか。神風が吹いてくれればいいのだが。【首藤正徳】