人は誰でもミスをする。なくすのは不可能だが、訓練次第で限りなくゼロに近づけることはできる。それを競う究極の競技が体操なのだと思う。
数メートルも高いところから高速で回転しながら勢いよく落ちてきて着地を止める。それは力学的にはありえない神業である。わずか1センチの感覚のズレが大きなミスにつながる。私たちは「ノーミス」と簡単に言うが、常識を超えた鍛錬のたまものなのだ。
パリ五輪(オリンピック)体操男子種目別決勝の鉄棒を見て、そんなことを考えた。
予選5位の岡慎之助が今大会3つ目の金メダルを獲得した。優勝候補ではなかったが、岡の演技後“スペシャリスト”と呼ばれる金メダル候補たちのミスが続いた。
予選3位の杉野正尭と東京五輪銀メダリストのスルビッチ(クロアチア)は落下。メダル有力の2人の中国選手は着地で両手をついた。
達人たちの戦いは、限界ギリギリの極みを攻めなければ頂点には立てない。だからこんな“まさか”が起きるのだ。「奇跡ですね。本当に何が起きる分からない」。岡の笑顔は少し控えめだった。私も彼と同じ思いだった。
でも本当は紙一重の世界のトップが競う五輪に「奇跡」はない。鉄棒の上で真っすぐに静止する岡の倒立は芸術的だったし、E難度のコールマンを完璧に成功させ、着地もピタリと決めた。何千、何万という練習の積み重ねが、針の穴ほどのチャンスをものにしたのだ。きっと誰よりもミスをしない演技の訓練をしてきたのだろう。
4年に1度の五輪で金メダルをつかむには実力に加えて運も必要になる。ただ運は誰にでもやってくる。チャンスがきたときにつかむ準備ができていなければ、見送るだけだ。勝利の要因について「やっぱり準備ですかね」と答えた岡の言葉には説得力があった。
22年の全日本選手権で、跳馬の着地に失敗して右ひざ十字靱帯(じんたい)断裂という大けがを負った。満足な練習ができなかった長いリハビリ期間も、焦る気持ちを抑えて着地の練習を重ねてきたという。その蓄積が勝利を呼び込んだのだろう。
マラソンの有森裕子さんや高橋尚子さんを育てた小出義雄監督(故人)が口にしていた「せっかく」という言葉を思い出した。故障した選手に「“なんで”ケガをしたんだろうと思うな。“せっかく”ケガをしたんだからと考えろ」と諭していた。きっと岡も“ピンチをチャンスに”とポジティブに考えたのだろう。
どんな逆境にもあきらめずに、自分を信じて準備していれば思わぬ幸運がめぐってくる。
私たちの人生も同じだと思った。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「五輪百景」)




