ヒーロー、ヒロインは表彰台に立つアスリートだけではないのだ。

20日、東京・国立競技場で行われた陸上の世界選手権・男子円盤投げ予選に、日本人として18年ぶりに出場した湯上剛輝(32=トヨタ自動車)を取材して、あらためて気づかされた。

先天性難聴の湯上は、人工内耳を外して競技に臨むため、地元の大歓声は聞こえない。それでも最後の3投目、観客席を向き、頭の上で両手を何度も合わせて手拍子を求めた。

100人を超える同じ聴覚障害のある子ども応援団の手話エールを起点にスタンドが波打った。「何も聞こえませんでしたが、肌がビリビリした。(手話の)エールも見えた。夢のような時間でした」。気合が空回りして、結果は56メートル40で37人中37位。それでも戦い終えた湯上の笑顔には充実感がにじんでいた。

生まれつき両耳の聴力がほとんどなかった。小6の時に人工内耳を頭に埋め込む手術を受けた。球技をやりたかったが、頭部に衝撃を受けるコンタクトスポーツは危険なため、中学で陸上部に入った。3年の時、倉庫にポツンとあった円盤を見つけた。それが挑戦の始まりだった。

18年の日本選手権を62メートル16の日本新記録で初制覇したが、20年のコロナ禍で思うように練習できず、伸び悩んだ。低迷は長引いたが、障害を言い訳にはしなかった。

成長曲線が再浮上したのは今季。4月に米国で64m48を投げて、5年ぶりに日本新記録をマーク。世界選手権の開催エントリー設定記録62m60を突破した。「効率的に力を出せる位置に体を合わせられるようになった」と、覚醒の理由を明かした。

32歳でようやくたどりついた世界の舞台。そこで彼が一番望んでいたものはメダルや記録ではない。「僕は聴覚障害のある方、子どもたち、その親御さんに“障害があっても大丈夫”ということを示したいと思って競技をしています。世界陸上を見てそう感じてくれたのならそれ以上望むものはありません」。試合後、湯上ははっきりと言った。

報道陣との会話にはほとんど支障はない。人工内耳で聞こえる音と、口の動きや表情から言語を読み取って相手の話を理解しているという。

11月に“聴覚障害のあるアスリートのオリンピック”と言われる『デフリンピック』が日本で初開催される。そこで湯上は再び日の丸を背負う。「僕の姿が少しでもデフアスリートの刺激になってくれたらうれしい。今回のような地元の応援がデフリンピックでも見られると思うとまた楽しみですよ」。こんな競技人生にメダルをあげたいと思った。【首藤正徳】

円盤投げ予選に臨む湯上(2025年9月20日撮影)
円盤投げ予選に臨む湯上(2025年9月20日撮影)
円盤投げ予選に臨む湯上(2025年9月20日撮影)
円盤投げ予選に臨む湯上(2025年9月20日撮影)