『雪と氷の祭典』は大自然との闘いでもあるのだ。ミラノ・コルティナ五輪ジャンプ男子スーパー団体の非情の幕切れに、あらためて実感させられた。
突然の大雪で小林陵侑を含む上位3人を残して競技が打ち切られた。日本は二階堂蓮の最終3回目の大ジャンプで6位から2位に浮上したが、2回目までの成績で順位が決まった。標高1000メートルの気まぐれな山の天候がうらめしい。
「最後までやるべきだった」の批判もあるが、130メートルもの距離を滑空するジャンプは一歩間違えば大ケガにつながる。選手の安全を考えればやむをえない判断だろう。「これがオリンピックっすね」の二階堂の苦笑いが印象的だった。
冬季五輪に出場する選手たちは、ライバルだけではなく、雪や氷、風や霧といった過酷な気象条件とも向き合わなければならない。しかも、どんなに心身を鍛え、技を磨き、万全の準備をしても、征服することなどできない。だから時に天のいたずらが起きる。
屋外競技場で行われた1984年サラエボ大会のスピードスケート男子500メートルは、降雪でスタートが5時間半も遅れ、前年の世界王者で金メダル最有力の黒岩彰が10位と惨敗した。研ぎ澄ました集中力が冷めてしまったのだろう。このレースで女神が舞い降りたのが無印の北沢欣浩。銀メダルに誰もが驚いた。
22年北京大会の同種目でも優勝候補の新濱立也がスタート直後に氷につまずき20位に終わった。例を挙げたら切りがない。もっともスピードスケートは氷上を時速60キロで滑り、アルペンスキー滑降は雪上を100キロを超える速度で滑走しているのだ。それ自体が奇跡。いとも簡単にやっているように見せる選手たちは超人なのだと思う。
考えてみれば雪や氷といった自然の恵みがあるからこそ五輪を開催して、感動を味わうことができるのだ。大雪の悪条件下で強行した98年長野大会のジャンプ男子団体で、1本目4位からの大逆転で日本が金メダルをつかんだ。最初に失敗した原田雅彦の2本目。大粒の雪と霧の空をどこまでも飛んでいく姿は、今も多くの日本人に美しき記憶として刻まれている。
スノーボードの女子ビッグエア金メダリストの村瀬心椛らが出場する17日の女子スロープスタイル決勝も、大雪のため1日延期になった。時代が移り、どんなに科学が進歩しても、天候に右往左往する開催地の姿は変わらない。“人間の力などまだまだちっぽけなのだ”と、天の神様が私たちを戒めているように思えた。【首藤正徳】












