もうすぐ世界水泳ということで私が現役中に戦ってきた海外選手の話をしたい。

カティンカ・ホッスー(ハンガリー)。

5月下旬に開催された欧州グランプリ・カネ大会(フランス)の女子400メートル個人メドレーで、東京オリンピック(五輪)よりも速い記録で優勝した。現在33歳のレジェンドスイマーだ。

日本代表になり、最も一緒に泳いだ回数が多い海外選手でもある。個人メドレーのレースでは、会場が彼女のワールドになる。そのくらい風格も、醸し出すオーラも、ものすごい力を持っている。

出会ってから、正直この人には勝てないと思った。技術、メンタル、タフな身体と思考・・・。トップスイマーにとって必要な全てのことが他の人間よりも優れている。

最も尊敬しているところは、自分の力を信じているところ。これを常にできているところだ。

私自身、自分の力を信じて泳げたレースは10回あるかないか。

水泳は孤独で、召集所に行くと一気に独りぼっちになった気がする。

私は現実的な予想をよく立ててしまうタイプ。レース前から自分の結果を決めつけてしまう時が多々あった。どんないい練習をしていても、それを信じ込むまでに時間がかかる。どこかで不安要素を探してしまい、信じ抜くところまでたどり着かなかった。

しかし、カティンカは違う。自分を信じ込み、孤独にも打ち勝つ。プールの中で、その日できる自分のパフォーマンスを力残すことなく表現できる。いつも思っていたが、彼女はエンターテイナーのようだ。見ている人をワクワクさせる力がある。

現役時代にこんな素晴らしい選手に出会えたのは、大きな財産。今教えている日体大の選手たちもカティンカのように、自分の力を信じて泳いでほしい。だから、レースに送り出すときは、自らのパフォーマンスを表現する『発表会』に行くような気持ちにさせようとしている。「自分のことに集中して楽しんできて!」と。

日頃の生活の中でプレッシャーの感じる瞬間は誰にでもある。そんな時、まず自分の力を信じること。それがいつもできて、思う存分、自分を表現できたら、どんなに気持ちいいのだろうか。

それができたら、その成功体験が自信になる。選手はその快感を知り、また前に進むはずだ。そして私はその世界を教えたい。

日体大の選手はもちろん、6月に行われる世界水泳でもそんなエンターテイナーのような気持ちでレースを楽しめる選手が1人でも多くいたらうれしい。

◆清水咲子(しみず・さきこ)1992年(平4)4月20日、栃木県生まれ。作新学院高-日体大-ミキハウス。本職は400メートル個人メドレー。14年日本選手権初優勝。16年リオデジャネイロ五輪は準決勝で日本新の4分34秒66をマーク。決勝に進出して8位入賞。17年世界選手権は5位に入った。21年4月の日本選手権をもって現役引退した。今後はトップ選手を育てる指導者を目指し、4月からは日体大大学院に進学。同時に水泳部競泳ブロック監督も務める。

カティンカ・ホッスー(2019年7月28日撮影)
カティンカ・ホッスー(2019年7月28日撮影)