フィギュアスケートを取材していると、12月に入り、シーズンが一気に佳境へ突入したように感じる。

 12月7日には名古屋で世界の実力者6人(組)が集うグランプリ(GP)ファイナルが開幕。そして同21日からは、18年平昌五輪代表選考に大きな影響を持つ全日本選手権が東京で幕を開ける。

 結果的に浅田真央さんの現役最後の実戦となった、1年前の全日本選手権。個人的なことに少し触れれば、私は大阪開催の大会だったため、フィギュアスケート担当のサポートとして取材に加わった。世界で戦う実力者が次々と演技を終え、こちらもてんやわんや。夜の演技は、締め切り時間との闘いにもなる。慣れない競技の原稿執筆には、担当競技の2倍近く時間がかかった。広い視野など当然無く、パソコンのキーボードを無心にたたいた。

 そこからフィギュアスケートの正担当となり、主に西日本に拠点を置く選手を追ってきた。印象的な取材がいくつかある中で、女子の細田采花(あやか、22=関大)へのインタビューがその1つだった。関大4年で「最後」と決めて挑んだ16年の全日本選手権が、自己最高の15位。17年1月の国体で現役引退…のはずだった。ところが、2月にふらりと足を運んだ関大のリンクで、トリプルアクセル(3回転半)に初成功。悩んだ末に引退を撤回し、今年も全日本選手権にやってくる。

フリースケーティング当日の公式練習で本田(右)に指導する浜田コーチ(撮影・河野匠)
フリースケーティング当日の公式練習で本田(右)に指導する浜田コーチ(撮影・河野匠)

■錚々たるメンバーが名を連ね

 17年10月25日、カナダ・レジャイナ。GPシリーズ第2戦スケートカナダに向けた本田真凜(16=大阪・関大高)の練習指導後に、タクシーを待っていた浜田美栄コーチと細田について話す機会があった。穏やかな笑顔で浜田コーチは本音を教えてくれた。

 「采花ちゃんが続けてくれていることで、私も助かっているんです。私が(宮原)知子や真凜に注意しようと思ったことを、采花ちゃんから伝えてくれたりする。本当に、みんなをまとめる“いいお姉ちゃん”なんです」

 「浜田組」と呼ばれる同コーチの門下生は細田だけでなく、全日本選手権3連覇中の宮原知子(19=関大)や本田、五輪を目指す白岩優奈(16=関大KFSC)やジュニアながら3回転半ジャンパーの紀平梨花(15=同)ら有望な選手が多く名を連ねる。そういえば細田はこう言っていた。

 「そこ(周り)のレベルに私がたどり着いていないんで、ライバルというか…チームですかね? 梨花ちゃんにしても、私より先にトリプルアクセルを跳んでいるし『どこを気をつけているのかな?』って学べる相手ですし。私、(紀平が8学年下でも)年とかあんまり気にしないんで『梨花ちゃんが跳んだなら、私も跳ばな!』って自然と思います」

 「頼られているっていうか、こういうキャラやから話しやすいんでしょう。『采花ちゃん、あのね~』『なんや~?』みたいな」

 そう言って笑う細田からは「浜田先生、昔よりもだいぶ優しくなったんですよ」と聞いていた。そんな話題になると、浜田コーチは「それは采花ちゃんが大人になって、怒られなくなったからでしょう(笑い)。采花ちゃんにも相当厳しく言ってきましたから。男の子はこっぴどく怒ってきても、大学生ぐらいになるとほとんど落ち着く。逆に女の子は年齢にあまり関係ないんですよね」と数十人の教え子を持つ立場での実感を語る。

近畿フィギュアスケート選手権で演技する細田(10月9日)
近畿フィギュアスケート選手権で演技する細田(10月9日)

■「嫌われていい」厳しく指導

 浜田コーチと話をしていると、よく技術面以外の話題になる。いつも聞くのは「私は嫌われていい。逆に厳しく言う大人が周りにいない方がかわいそう」というフレーズだ。フィギュアスケートは小学生、中学生といった若い年代でも多くのファンに名を知られ、それは国民的スポーツである野球やサッカーなどよりも早いと感じる。取材していても堂々とインタビューに答える姿に感心し、年齢以上に大人に見えるのは確かだ。

 一方で、その年代は大人への階段を上る時期。「ちゃんと練習をしなさい」「服装を正しなさい」「時間を守りなさい」…。中学校や高校の生徒指導室や、体育教官室で先生と生徒が膝をつき合わせて話し合いをするのは、日本中にありふれた光景だと思う。

 だからこそ、浜田コーチと細田について話をした2日後の10月27日。GPスケートカナダのSPでミスを連発し、放心状態の本田に「(スピンなど)拾えるものを拾っていないのは、きちっとした練習ができていないから。(きちっとした練習が100とすれば本田は)20ぐらい。すごく甘いから。私は(結果に)びっくりしていない」と浜田コーチが厳しい言葉を投げかけたのにも信念を感じた。

 才能豊かな本田に繰り返し求めてきた地道な練習。大きな期待を寄せるからこそ、「1つの失敗」と軽く流してほしくなかったのだろう。場所が生徒指導室や体育教官室でなく、国際舞台のリンク裏の薄暗い通路だっただけで、2人は互いに目を見つめながら真剣な話を続けていた。

 話は戻り、全日本選手権。スケートカナダ期間中に浜田コーチと交わした会話の中で、私も1年前の狭すぎた視野を再び思い返し、気を引き締めた。

 「去年の全日本で(宮原)知子が泣いたのは、自分の演技の出来じゃなくて、(細田)采花ちゃんが引退する寂しさだったみたい」

 2017年を締めくくる大舞台に集う選手たちは、1年間の喜びや、苦しみ、悲しみを経て成長した姿をぶつける。22年北京五輪を目指す世代は、お兄さん、お姉さんの真剣勝負を肌で感じながら、自らの生き生きとした演技を披露するだろう。その裏にあるライバルであり、仲間との絆。両親、コーチ、トレーナーなどサポートしてくれる人との歩み。五輪出場権を取れた、取れなかっただけにとらわれず、それぞれの演技の裏にある過程や成長にも目を向ける全日本選手権にしたいと思った。【松本航】


 ◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。兵庫・武庫荘総合高、大体大とラグビーに熱中。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技を担当し、冬のスポーツはフィギュアスケートとショートトラックを中心に取材。