「なんで仕事してるんだって、思いませんか?」。 羽田空港にひときわ大きい声が響いていた。主は柔道で12年ロンドン五輪女子57キロ級金メダリストの松本薫(27=ベネシード)。10日、国際合宿に参加していた世界選手権(8月、カザフスタン)女子代表組の一員として、スペイン・バルセロナから帰国した。

 報道陣に逆質問したのは、1つの疑問との向き合い方を決めたためだった。柔道を始めた時から、松本には1つの問いがあったという。

 「なぜ柔道をしているのか? なぜ戦っているのか?」

 いわば「アスリートの根っこ」そのものを考えるような事か。「競技が好きだから」など単純な答えでは収まらない、独特な金メダリストの心理面に驚く。そもそもなぜ、ここまで大成した選手がそんなことを考えるのだろうか。

 ただ、松本は自分が柔道を知る理由を本気で探し続けてきて、今もそうなのだそうだ。「ロンドン前だって(疑問は)ありました。けど、今はちりも積もればで、出てきてしまったんです。隠しきれなくなった」。試合中にもふと頭をもたげることがあるという。「そうしたら負けまくりですよ」。確かにロンドン後は「らしくない」負け方が散見した。昨年の世界選手権では2回戦でマロイ(米国)に24秒で腕ひしぎ十字固めで一本負け。不用意な戦いで、優勝から遠ざかった。

 ただ、そんな頭が重い試合はもうしない。雪辱を期す今年の世界選手権を前に、いよいよその疑問との向き合い方を見つけた。きっかけは3日のグランプリ大会(ウランバートル)の3位決定戦。開始直後に投げられて先にポイントを許したとき、「負けたいのか、勝ちたいのか」と自問。「やっぱり勝ちたいですよね。本能なんでしょうね」と疑問が吹き飛んだ。

 そしてたどり着いたのは「答えはないという答え」だった。「なぜ私は人間なのかと思っても、答えは出ないですよね。一生解決しない。柔道をやめたら分かるのかな」。それが結論だった。その柔道スタイルや風貌から「野獣」の愛称がある松本。頭で考えすぎてうまく動かなかった体は、「本能」こそが動かした。

 世界女王に返り咲くため、試合では足技から相手を追い詰めていく自分のスタイルに戻す。ロンドン後は大技を狙おうとする時期もあったが、泥臭く、粘り強く、低重心で相手を「狩る」柔道に立ち返る。「迷いはあります。が、柔道の軸ができました」。

 疑問はまだ残したまま。ただ、もうそれには縛られない。果たして世界選手権にどんな結果が待っているか。