「ミスター・ラグビー」の功績を、後世に-。ラグビー元日本代表監督で16年10月20日に胆管細胞がんで他界した平尾誠二さん(享年53)のバナー(幕)が26日、設置された。式典に出席した長男の昂大(こうた)さん(26)は「『何してくれてんねん』って言っていると思う」と天国の父を思い浮かべながら「他界して4年。父のレガシーを残していただき、本当に感謝しています」と感慨深げだった。

左手にポートタワー。右手にはモザイク大観覧車。設置場所は神戸のシンボルといえる中突堤中央ターミナル「かもめりあ」(神戸市中央区)だ。遊覧船が就航するターミナル内で、生前の平尾さんの写真を見ることができるようになった。19年W杯日本大会開催時には世界中からのファンが集った「ファンゾーン」で、実際に展示されていた。

今回のバナー設置はメリケンパーク協議会などが中心となり実現。かつて平尾さんは同地で観光遊覧船に乗船し、友人らとラグビー談議をしていたという。渡辺真二会長は「海を眺められるこの地で(バナーに写る)3人の平尾さんが、ずっと神戸港を見守ってくれると思う」と力を込めた。

式典には多くのラグビー関係者も出席。神戸製鋼の福本正幸チームディレクターは「ラグビー部のクラブハウスに平尾さんの写真が飾ってある。ただ、その写真にはラグビー部員しか、あいさつできない。ここで多くの皆さんとお会いできる」。ラグビージャーナリストの村上晃一氏は「W杯日本大会の招致が決まったのが2009年。その時に平尾さんは『未来のラグビーを日本が託された。成功させなアカンのや』とおっしゃった。平尾さんが昨年のW杯後にどんなことを言うのか、聞いてみたかった」と思い出を振り返った。

作品は平尾さんを30年以上にわたって密着撮影してきた、写真家の岡村啓嗣氏が撮影した。岡村氏は「平尾はそれまでの日本ラグビーのハードワークと根性。そこに自由、知性、格好良さを導入した。平尾がやってきたことを、いつまでも、皆さんの胸の中に残していただきたいと思っている」と力を込めた。その足跡は色あせない。【松本航】

◆平尾誠二(ひらお・せいじ)1963年(昭38)1月21日、京都市生まれ。伏見工3年時に同校の全国大会初優勝に貢献。同大に進み82~84年度に全国大学選手権3連覇。英国留学を経て86年に神戸製鋼へ入社し、日本選手権7連覇に貢献。87、91、95年W杯に出場し日本代表キャップ35。97年から00年まで日本代表監督。神戸製鋼GMなどを務め、胆管細胞がんと闘病中だった16年10月20日に53歳で死去。