ラグビーW杯フランス大会が9月8日に開幕する。日本代表は、7月8日のオールブラックスXV戦(東京・秩父宮)を皮切りに実戦モードに突入し、大舞台に臨む33人を絞り込んでいく。個性豊かな外国出身選手たちもアピールが求められるもう1つの戦い。桜のジャージーを目指す男たちを全5回連載で紹介する。
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【家族を支える男】テビタ・タタフ(27)/NO8
日本代表の主戦に定着したのは、21年春だった。183センチ、124キロ。タタフは、海外の屈強な大男たち相手にも、ボールを前に運べる強みを示した。サントリー(現東京サントリーサンゴリアス=東京SG)入団3年目。ちょうどこの頃、家族が住むトンガの実家をリフォームした。部屋は3つ増え、農作業に使うトラクターも贈った。
「自分としては新しく建てたかったけれど、親は『大丈夫』と言っていた。(家族の存在は)モチベーションになっています」
サモアで生まれ、物心がつく前にトンガへ移った。東京SGの練習場の3倍ほどあるという農地で、イモやスイカを育てて生計を立てていた。
10人きょうだいの長男で、弟2人と妹7人。トンガでも多い方ではあるが、珍しくはないという。国技であるラグビーは6歳で始め、目黒学院高から誘いを受けた。
「トンガ以外のところでラグビーをしたい気持ちがありました。アタと一緒。2人なので大丈夫でした」
仲の良い、19年W杯日本代表のアタアタ・モエアキオラ(コベルコ神戸スティーラーズ)とともに、同じ飛行機で日本へやって来た。
12年、中学3年の冬だった。東京は雪。半袖半ズボン、サンダルで飛行機から降り「寒い!」と驚いた。最初は日本食が口に合わず、白米に牛乳と砂糖を混ぜて食した。今では「納豆も全然食べられる」と笑うが、食パンにバターやジャムをつけて1日4パック食べていたという。
寮は東急東横線の多摩川駅近く。中目黒駅が最寄りの高校へ毎日、満員電車で通った。「朝からむっちゃ押し合いで…。その時のルールは(座席に)座らず立つ。人混みは好きじゃなかった」。練習が休みの月曜日も門限があり、ファストフード店に寄るだけで寮に戻った。そんな日々を「練習がきつくても、試合が楽しかった」と振り返る。
晴れ舞台の花園に出場し、高校代表にも名を連ねた。卒業後はモエアキオラと東海大に進学。2年生になった頃、木村季由監督から「(どの国で代表になるか)自分で選んだらいいぞ」と委ねられた。タタフは日本を選び、16年4月の韓国戦で初キャップを得た。
サントリー入団後は、同じFW第3列で、21年に現役を退いた西川征克氏(36)に、諦めないことの大切さを学んだ。パワーだけでなく、苦しい場面でこそ走る-。この経験が、今も土台にある。
W杯まであと約2カ月。決意は固い。
「ベストのNO8になりたい。自分たちで前回のW杯を超える練習をして、優勝を目指したいです」
来日して11年がたつ。日本での成長を世界に見せる舞台が、やってくる。【松本航】
◆テビタ・タタフ 1996年1月2日、サモア生まれ。トンガで育ち、中学3年時に来日。目黒学院高、東海大を経てサントリー。来季はフランス1部ボルドー・ベグルへ移籍。日本代表15キャップ。10人きょうだいの長男で末っ子とは20歳差。12年の来日時点では「5番目の妹まで」と7人きょうだいだったという。愛称はテビ。183センチ、124キロ。
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