1972年札幌五輪ノルディックスキー・ジャンプ70メートル級で日本人初の冬季五輪金メダルを獲得し、4月23日に亡くなった笠谷幸生さん(享年80)のお別れの会が26日、札幌市大倉山ジャンプ競技場にある札幌オリンピックミュージアムで行われた。
98年長野五輪団体金メダルメンバーら関係者112人が出席し、歌手の松山千春(68)も駆けつけた。画面には「札幌の空に美しいアーチをありがとう」とメッセージが映し出された。全日本スキー連盟の原田雅彦副会長(56)は弔辞を務め「日本中に夢と希望と感動を与えてくれたジャンプ界のレジェンドだった」としのんだ。
長野五輪で飛型審判員を務めた笠谷さんは船木和喜(49)が金メダルを獲得した個人ラージヒル2回目、船木の飛躍でいち早く20点満点をつけた。その他の4人も満点をつけ、船木は「(笠谷さんが押したから)みんなその点数で押してくれた」と金メダルが確定した瞬間を振り返り、「すごく偉大な方だったと改めて実感している」と別れを惜しんだ。


