夏冬通じて日本女子最多の五輪10メダルを獲得したスピードスケート女子の高木美帆(31=TOKIOインカラミ)が6日、都内で引退会見に臨んだ。帯広南商高スケート部の監督だった東出俊一さん(69)は教え子の引退会見に「すがすがしい表情だった」と語り、学生時代を振り返った。
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活躍の理由は学生時代に詰まっていた。東出氏は「先が見えていたのは間違いない。未来を予測する力がたけていた」と評価する。
小学生だった高木に衝撃を受けた。約20年前、高校の陸上トレーニング中に遊びに来た時、その手にはびっしり文字が書かれたシステム手帳があった。計画的に物事を考える姿に「こんなに言動がしっかりしているとは。天才少女だ」と直感した。“スーパー中学生”が高校に入学すると、能力は輝きを増した。高校1年で58レースに出場。ジュニア、高校、シニアと転戦し異例の数をこなした。レースを絞るよう助言したが「種目を選ばず出続けた。『出られる大会があるなら全部出る』」と意志は固かった。あれから16年。「あのとき種目を絞っていたら、こうなっていない。信念を曲げずに貫いた結果」。
1つだけ、描いた未来と違っていた。「岡崎さんくらいまで頑張らなきゃな」。38歳で10年バンクーバー五輪に出場した岡崎朋美さんを例に、教え子を激励したことがある。「先生、私はそんなに長くやりませんよ。私はお嫁さんになります」と冗談で返された。38歳には届かずとも、31歳まで現役を全うした。「あの子の選択に間違いはない。本人の努力で正解にしてしまう。この判断もいい方向につながる」と、引退決断のタイミングに賛同した。
高校時代は「我慢していないか?」「辛くないか?」と聞いても、返ってくるのは決まって「全然ですよ」。恩師は「節制してすべてに打ち込んできた。我慢したことはたくさんあると思う。好きなことをやってほしい」と“第2の人生”に期待した。【飯岡大暉】


