<君の夏は。>

 入道雲に向かって元気よく校歌を歌う奈良・高田商の後輩たちを見て、自然と一緒に口ずさんでいた。春のセンバツで甲子園球場に足を運んだが、高校時代の思い出が詰まった当時の橿原球場、今の佐藤薬品スタジアムで見る母校の試合は、また違った感慨があった。黒土とスコアボード。外野の後ろに控える木々。26年前と変わらぬ風景があった。

 甲子園を経験した高田商の選手たちは、自信を持ってプレーしているように映った。しかし、奈良情報商の選手たちは、リードされても全く諦める様子など見せず、終盤から徐々に盛り返していった。1点を追う9回、2死になっても誰ひとり下を向かず、1球1球に集中し、ボールをしっかり見極め強く打ち返し、延長戦に持ち込んだ。母校の応援で来たつもりが、いつの間にか熱戦に引き込まれ、両校を応援していた。

 負けたら終わりの一発勝負に、すべてを注いでいる。ベンチから身を乗り出して声をからす控え選手たち。炎天下のスタンドも懸命に声援を送っている。白球を追う球児はもちろん、支える仲間や家族も、勝敗に関係なく、同じだけ輝いている。日刊スポーツの高校野球面の題字にエールを込めて「輝け」と記したのは、そんな思いからだった。

 91年の夏、自分も奈良県大会決勝のマウンドに立っていた。相手は谷口功一投手のいる天理。みんなで一生懸命戦って勝ち上がり、強豪に挑んだ。

 雨が降って試合が中断した。集中を切らしたつもりはなかったが、再開後に勝ち越しを許した。1-3で甲子園を逃すと、閉会式まで涙が止まらなかった。悔しさ、このメンバーと野球ができない寂しさ。いろんな思いが一気にあふれ出た。この日は第1試合も延長戦で、惜しくも敗れた球児たちの涙をたくさん見せてもらった。それぞれにドラマがあるし、もちろん、そこに優劣などない。彼らの姿を見ながら青春時代を思い出し、思わず泣きそうになった。

 野球人なら誰も同じだろうが、通ってきた高校時代には特別の思いがある。何とか恩返ししたい気持ちもある。プロとアマの関係は今、双方の努力によって互いが歩み寄り、いい方向に進みつつある。しかし現状では、プロ経験者は資格を得ないとアマチュアへの指導ができない。フラリと母校に足を運び、後輩へ気軽に声をかけたり、助言したりする時が来ると信じているし、そんな日が1日でも早く来ることを願っている。(三浦大輔)